見出し画像

ツーリストシップはデータサイエンスの夢を見るか? 〜数字でみるツーリストシップ活動の効果と観光客のマナー意識〜

執筆:笠原秀一(大阪成蹊大学データサイエンス学部教授)


オーバーツーリズムの再来とツーリストシップ

 COVID19によるインバウンド観光客の激減も過去の話となり、東京や京都の観光地には様々な国から訪れた観光客で賑わうようになりました。例えば、2023年10月の京都のホテル稼働率は82.9%に達し、遂にパンデミック以前と同水準に達しています(京都市DMO調べ)。その結果、京都の町には喧噪が戻り、地域経済も活況を呈する一方で、宿泊施設や交通機関、そして外食店舗などの混雑は相当なものになっています。オーバーツーリズムの再来です。筆者は京都市に住んでいますが、錦や四条、東山といった人気エリアは外国人の方が多いのではないかと感じられるほどです。反面、直接観光産業に関わっていない地域住民の中には、煩わしさを感じる人も増えているようです。

 この記事でご紹介する一般社団法人ツーリストシップは、オーバーツーリズムに伴って生じる地域社会と観光客との摩擦を、クイズ会というイベントを通して解消していく活動を行っている団体です。スポーツマンシップ同様、観光客が守っていくべきマナーを、代表の田中さんがツーリストシップと名付けたのがそもそもの始まりで、いまは団体の名前にも冠されています。押しつけるのではなく、スタッフとのクイズ交流を通じて、楽しみながら旅先でのマナーを観光客に知って貰おうという試みを、全国で進めています。


二条城で旅先クイズ会実施時の写真
錦市場で旅先クイズ会実施時の写真

スタッフとの交流が好評価

 写真でも分かるとおり、クイズ会の様子は楽しそうで、参加者からは大変喜ばれている感じが伝わってきます。しかし、活動を続けていくためには、効果を定量的に測ることで、各地の観光協会の方々に効果を理解して貰わなければなりません。もちろん、クイズ会をより良い形に改善していくためにも定量評価が基準となります。

 観光情報学の研究者である筆者は、以前より代表の田中さんと交流があったこともあり、クイズ会でのアンケート実施について相談されました。インバウンド観光客のマナー意識について継続的に調査できるというのは、研究者にとってとても面白い機会です。微力ながらもお引き受けして、何度かのテストを行いつつ、2023年10月に二条城と錦市場で大規模なアンケートを実施するお手伝いをさせて頂きました。アンケート結果はとても興味深いものとなりましたので、この場をお借りして、いくつかご紹介します。なお、アンケートはクイズ会参加者に対して、任意でお願いして実施しています。

参加した観光客の反応は?

 最初に、クイズ会に参加した観光客はどんな反応だったのかをご紹介します。これが一番重要で、クイズ会に不満を持たれてしまうと、いくらツーリストシップを説いても逆効果です。結果として、満足度はとても高い水準になりました。満足度を5段階で評価してもらったところ、二条城では「満足」「やや満足」(トップ2ボックスと言います)の合計が日本人98%、外国人99%でした。錦市場でも同様で、日本人も外国人もほぼ100%という結果でした。アンケートは任意ですので、満足した人だけが回答した可能性もあり、ややバイアスがかかっているとは思われますが、これは大変高い数字です。好評価の理由として、「スタッフとの交流が楽しかったから」と答えた人がどちらの会場でも非常に多く、やはり、現地の住民とのふれあいが満足度を高めたのだと言えるでしょう。

外国人の方がマナーに詳しい?


 二条城のクイズ会は、二条城を管理する京都市の依頼で実施したこともあり、アンケートでは二条城でのマナー=ツーリストシップについて、認知度を聞いています。質問したのは、「うぐいす張りの廊下はそーっと歩こう」「二の丸御殿ではカメラを仕舞い、目で楽しむ」「二条城内の植物は持って帰らず、写真に収めよう」の3つです。

 面白いことに、いずれについても、日本人よりも外国人の認知が日本人より高いのです。特に「うぐいす張りの廊下」は外国人51%に対して日本人26%で、ほぼダブルスコアで有意差があります。「二条城内の植物は持って帰らず、写真に収めよう」も、外国人73%に対して日本人49%と24ポイントの差がついており、やはり有意差があります。理由までは聞いていないので、ここからは想像になってしまいますが、日本のお城という異文化の地を訪問すると言うことで、外国人観光客の方達は現地のマナーを“予習”してきたのかもしれません。

 外国人の方が個別のマナーへの認知度が高い傾向は錦市場でも同様に見て取れました。錦市場では、「ゴミを持ち帰る」、「食べ歩きをしない」、「写真撮影は許可を取る」というマナー=ツーリストシップについて、知っているかを質問しました。二条城に比べると、より一般的なマナーということもあり、全体に認知度は高いのですが、「写真撮影は許可を取る」以外の二つのマナーについては、いずれも外国人の方が有意に高く認知しているという結果でした。日本人の方がマナーにこだわる、という一般的な認識とはちょっと異なっていて、意外な結果です。但し、こうしたマナーを知ったあとは、8−9割の人たちが実践しよう、意識しようという意向を示しており、日本人も外国人にも違いは見られませんでした。

日本人は修学旅行でマナーを学ぶ?

 では、こうした旅先でのマナーは、どうやって学んでいるのでしょう?これも日本人と外国人で大きな違いがありました。外国人では、旅先でのマナーは、友人や家族から教えられた、という人が圧倒的に多いのに対し、日本人は家族・友人・マスメディア・SNSなどであまり大きな違いは見られません。ただ、さすがは京都と言うべきか、二条城でのクイズ会には修学旅行生が多く参加しており、そこでマナーを学んだ、という生徒は非常に多く見られました。一方、錦市場でも二条城でも、日本人は外国人に比べると、マナーの認知経路としての家族がかなり弱いという結果も出ています。日本人はどこでマナーを学んでいるんだろう?と考えさせられてしまいました。これは、ツーリストシップを普及させていく上で、解明していかなければいけない研究課題かもしれません。

ツーリストシップの普及に向けて

 簡単にアンケート結果をご紹介しましたが、どんな感想を持たれたでしょうか。旅先でのマナーや行動を観光客に直接調査するという試みは、これまであまり例がありませんでした。今後もツーリストシップと協力して継続的に調査を実施・分析することで、マナー意識が浸透していく様子や、地域におけるマナーを効果的に広報していく方法を見つけることができるでしょう。迎える側である観光地でも、学生を中心とした若い世代のボランティアが観光客と接することで、お互いを知る機会が増え、将来的に摩擦が減ることも期待しています。

筆者プロフィール
笠原秀一
大阪成蹊大学データサイエンス学部教授。博士(情報学)、経営管理修士。ITコンソーシアム京都観光部会長。京都大学にて観光情報学や知能情報学の研究に従事した後、2023年から現職に就く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?