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悪夢の始まり、そして夜明け

8月1日。
この日付を、恐らく生涯忘れることはないだろう。

2022年8月1日。
入院中の夫からLINE。
「今日を乗り切れば、ぐんぐん回復して、退院も近いって」という明るい知らせ。
手術から一週間。よかった。順調なんだ。

しかし、一抹の不安が胸を過ぎる。
なぜならば、同じ執刀医に手術してもらった方がブログを書いていらして、
「今日を乗り越えれば退院見えてくるよ」
と言われたその日に発熱。感染症が発覚して、入院が長引いたという話を目にしていたからだ。

「今日を乗り切れば」
魔のワード。

夕方、再び夫からLINE。
「今朝の炎症反応の数値が高いらしくて、急きょCT撮ることになった」

暗雲垂れ込める。

「どうやら膵液漏れが起きていて、近くの動脈を傷付けて出血している可能性があるらしい。このまま放置して、夜中に動脈が裂けて大出血なんてことになると、それこそ命に関わるらしいので、これからカテーテルで緊急処置をすることになった。優秀な先生たちがついているから、心配しないでね。」

心配しないでね、って無理でしょ。
膵頭十二指腸切除術を受けるにあたって、最も最も最も恐れていた深刻な合併症が起きてしまった。膵液漏れだけでも怖いのに、さらに動脈損傷の可能性まで。

なんてこと!!

程なくして病院から着信。
家族が入院中に病院から連絡が来ることほど心臓に悪いものはない。
主治医がまだ他のオペ中とのことで、肝胆膵外科の他の医師からだった。
丁寧に、わかりやすく説明してくださり、
「あくまで最悪の事態を防ぐための、一歩手前の処置だと思ってください」
とのこと。
まだ「最悪の事態」ではないということだ。
それに、「念のためこちらに来てください」とも言われなかった。
自宅で待っていてもいいということだ。
とはいえ、落ち着かない。

急きょ荷物をまとめて、病院近くのホテルを予約し、日も傾き始めた頃に家を出た。
電車の窓から見える夕焼けは燃えるように真っ赤で、力強い美しさがあった。
一年後の今は、昼間なのに真っ暗。雷がゴロゴロ鳴り、不気味な天気。
去年がこんなだったら、ほんと、泣きながら電車に乗っていたかもしれない。

一時間弱でホテルに到着。
病院は目の前だけど、コロナ禍もあり、行ってもどうにもならない。
ホテルの部屋の中を行ったり来たり、三往復したぐらいでスマホが震えた。
早っ!!

「どうもどうも、くま助(もちろん仮名)です。この度はお騒がせして、ご心配おかけしてすみませんでした。処置は無事に終わりましたんで、ご安心ください。出血箇所も見つかって、きちんと止血しましたので大丈夫です。ご主人もよく頑張ってくれて。もう大丈夫なので安心してくださいね。」

なんとものんきな声の主治医。
心底ホッとした。
カテーテル治療は主治医の管轄外だから、カテーテル専門の敏腕医師が担当してくださったのだが、野戦病院にもいたことがあるというユニークな経歴の持ち主で、同僚の医師たちにも尊敬、憧れの目で見られているという。
夫から、「すごいよ、すごい。本当にすごかった!」と興奮した様子で報告LINEが来た。意識のある中での処置だから、逐一経過がわかったのだろう。

とにかくよかった。
難関を一つ乗り越えた。
後から聞いたところによると、この日の夜が、夫にとっては最高に辛い夜だったそう。少しでも動くと、止血した箇所が解けてまた出血する恐れがあり、そうなると命取りにもなるとのことで、「絶対に動くな」と言われ、寝返りはもちろんうてないし、腰が痛くなってもどうすることもできない。ひたすら朝が来るのを待ったという。
入院中はそんなこと一言も言わなかったのに。夫が案外我慢強いことを初めて知った。いつも、ちょっとしたことで、痛いだの疲れただの言うのに、いざとなれば耐えられるんだ。大きな忍耐のために、小さな忍耐を溜めない。それがいいのかも。

心配事の九割は起こらないと聞く。だが、心配事って確率の問題ではないのだ。起きてしまえば、当事者にとっては100%なのだから。
膵頭十二指腸切除術に伴う合併症、膵液漏の可能性は約二割(病院による)。
そのうち、動脈を傷付け重大な危険を伴う割合は2%から5%。
夫は、99%は起こらないであろうことの、残り1%に入ってしまった。
だから私は、「心配事の九割は起こらない」から心配しないという心境にはなれない。起きる時は起きるんだもの。

最悪に備えて最善を尽くす。

そうするしかない。

ともあれ、現在、夫は元気に目の前にいて、何事もなかったように仕事をしている。これ以上のよい結果はないだろう。
最高の医療者に恵まれて、最良の処置を受けることができて助かった。
当たり前ではなく奇跡の命。
毎日ごはんが美味しく食べられる幸せに感謝しながら、これからも生きていこうと思う。

しかしまあ、テロ組織の犯行予告みたいなXのロゴ、どうにかならないのかしら。センス悪っ!

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