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現実<ゆめ>を見ているのはどっち?:『NEEDY GIRL OVERDOSE』感想・考察

『NEEDY GIRL OVERDOSE』は、最強のインターネットエンジェルを目指す承認欲求強めな「超絶最かわてんしちゃん」こと「あめちゃん」を、導いていくADVゲームです。

※本記事は『NEEDY GIRL OVERDOSE』の各エンディング・および最重要のネタバレを含みます。未プレイの方は下記URLへアクセスして購入&プレイをしましょう!!





本作品はプレイヤーの選択次第で、いくつものエンディングに到達し、中には人によってはトラウマスイッチになりかねない、強烈なものも多くあります。そのいずれにも語るべきところがあるのですが、全エンド回収後見ることができる「I Need You」エンドが衝撃的すぎたので感想を下記に。

・Data0

すべてのエンディングを見た後、ホーム画面に戻ると「Date0」という新規ファイルが出現、「あと戻りできません」という不安感MAXのポップアップ現れます。ファイル系の「あと戻りできない」と言われると「ニーア・オートマタ」のデータ削除エンドが頭をよぎる…というのは脇に置いて、意を決してデータをロードすると、そこで待っていたのは「一人でやってみようかな」と自分でフォロワー100万人を目指して進んでいくあめちゃん。途中、順当にODして発狂したりしつつも、あめちゃんは一人で100万人を達成。一人でも目標を達成したあめちゃんは「この先の未来は自分で手にするから」と、別れのメッセージを残し消えてしまいました。

なるほど、すべてのエンディングという様々な可能性を経た結果、あめちゃんは自分一人でもできると理解し、一人立ちできたんだ……。なんだか寂しい気もしつつ、他人に全部を任せて依存して得た結果より、たとえ傷ついても自分が選んで、それで目的を達成できたときにこそ人は強くなれるんだ。(ある意味もともと強すぎる子だった気もするけど…)と、はじめは画面の前でうんうん頷いていました。

しかし、あめちゃんがいなくなったデスクトップに一つだけ残されていたものがある。「ひみつのこと」と書かれたテキストファイル。

通常のゲーム中はどれだけ頑張っても、ウィンドウが屈強なディフェンスをしかけてきて開けなかったこのファイルがある。あめちゃんがいなくなっても、残っているウィンドウはファイルを開くのを阻止しようとしてくるが、今回は消せば復活することはない。たどり着いたそのファイルを恐る恐る開くと、そこに書かれていたのは「今回のピの設定」。

「今回はダメだね」「次は、もっと優秀なピを作らないと」「次は『婚約者』って設定にしようかな」。ここまでたどりついたプレイヤーなら色々なものが繋がり、ある結論にたどり着く……「ピ」なんていなかったんだ、と。正確には、「イマジナリー・ピ」だったんだと。

・これは誰の一人称視点

変な脇汗が出つつも、この結末には不思議と腑に落ちてしまいます。というのも、ゲーム中に感じていた数々の違和感が、これによって一つの線になって繋がり、明確な像を結ぶのです。

思えばこのゲームには、初めから違和感がいっぱいありました。

  • 明らかに同棲している(セッしてる・一緒に寝てる・ごはん作ったりしてる)様子なのに、やり取りはすべてJINE経由である。(直接会話しない)

  • 同棲しているのに、あめちゃんの姿はウェブカメラ越しにしか見れない。

  • 恋人バレをしきりに気にしているのに、バレ炎上系のルートが一切ない

  • 「Do You Love Me?」エンドでは、恋人バレ炎上かと思いきや「ピ」の存在を認知している視聴者がいない

  • 「NEEDY GIRL OVERDOSE」エンドで、あめちゃんが刺した(壊した)のはPCの画面で、人間がいない

  • どの結末でも決まってピは置き去りにされる

  • ODしているのはあめちゃんなのに、何故かプレイヤー画面がパキる  etc…

そのすべてが、ゲームの性質上、「そういう演出かな」としての納得感で流してしまっていた部分でした。こんなにも作り込まれたゲームなのに、その違和感で没入感を損なうようなことするかな?とも思っていたのですが、逆でした。全部が。

結論はすでに出ている通り、あめちゃんに指示を出していると思っていた自分は、あめちゃんが妄想から生み出した「イマジナリー・ピ」だったわけです。そして、「ピ」なんて存在がない以上、我々が見ていたのはイコールあめちゃん自身が操作していたPCそのものだったということになります。そうなると色々な点が腑に落ちます。どうして「(Un)happy End World」で、裏裏アカウントを見ることができていたのか。それは単純にあめちゃん本人(と基本的に同一の存在)だからに他ならない……妄想として人格を与えられたプレイヤーが見ているものは、いつだってあめちゃん本人の視界なわけです。だからODしたら当然画面はパキる。だって、「ピ」なんてものは存在していなくて、すべてあめちゃんが自分一人でやったことなんだから…。

・「飽きられたらすぐ終わり」

話を「I Need You」に戻しましょう。では、なんで裏裏アカウントなどは見れなくなってしまうのか。それは、あめちゃんが書いてある通りそのままで、「今回のピとして想像した幅をやりきってしまった(=全エンド回収)」から、「ここでおしまい。飽きちゃった」というわけである。「ピ」はあめちゃんの妄想なので、あめちゃんと基本的に同一ではあるけど、飽きたら切り離して捨てられるものなのです。この点が、あまりにも衝撃的で(多分深夜5時だったからだけど)吐き気の原因になりました。

「Rainbow Girl」エンドでは、元ネタの歌詞よろしく第4の壁を超えて、超てんちゃんがプレイヤーの存在を認知してくる(もしくは認知するような幻覚を見ている)。メタ的にプレイヤーを認識してくるというギミックはいままでに様々なゲームでもありましたが、その場合のほとんどは「自分たちがゲーム内の住人であることに自覚的である」というものです。「Rainbow Girl」エンドもそれは同様でしょう。

プレイヤー=創造する側・操作する側と、被造物であるゲーム内キャラクターには明確に主従関係があるわけで、プレイヤー側はいつでも飽きたら電源を切り、次のゲームに行くことできる。電子の箱に閉じ込められたキャラクターたちは、選択の権利なく上位存在であるプレイヤーの都合によってしか出会えない。

しかし、「I Need You」のあめちゃんの行動は、似ているようで構造がまったく真逆なのです。プレイヤーは彼女の妄想から生み出された存在「イマジナリー・ピ」であり、彼女が一通り楽しんだら捨てられる存在でしかない。自分の意志で彼女を導いていると見せかけて、実際はあめちゃんが一人でやっていたことでしかない。…プレイヤーの自由意思はあるように見えて、ゲーム=あめちゃんが規定している幅でしか実際のところ行動できない。「ピ」という存在はあめちゃんの妄想から生まれた産物だから、彼女がこれ以上は別にいいと思った領域には干渉できない……だからこそ、彼女が「健常」になって、イマジナリーな存在が不要になると彼女との回線はプッツリ切れて、放り捨てられる。

つまり、「ピ」としてゲームをプレイしている間の自分は、プレイヤーとしてあめちゃんを上から見下ろす存在ではなく、あくまで、あめちゃんの妄想の範囲内でしか動けない被造物だったということになる。こっちが「遊んでいる」ように見えて、いつも主導権はあめちゃんにある。

少なくとも、このゲームを遊んでいる間、プレイヤーたちは今まで自分たちが遊んでいたゲームのキャラクターと同じ立場、あめちゃんという上位存在が見ていた夢にすぎない物となっていたのです。

・胡蝶の夢

話は若干それますが、自分は中学生のころ「胡蝶の夢」を初めて知ったとき、正直めちゃくちゃ怖かった。自分の存在が、何かが見ている夢だったり、シミュレーションしているものでないと否定することができないという事実があまりにも衝撃的だったからですが、ただ、じゃあ夢だとしてダメなのか?と言われるとそれも難しい。

人間は毎日沢山のものを忘れていくもので、うっかりすると毎日の連続性なんてものはあやふやです。以前、とあるアクシデントで怪我をして失神した際、はじめて「人間は寝ているときも脳が動いていたんだ」と実感したことがあります。失神から復帰したとき、明らかに世界の時間と主観にズレがある感覚があって、怪我の痛さより変な時差ボケみたいな気持ち悪さがしばらく消えなかった。正直あの瞬間、実は世界が作り替わっていたり、シミュレーションが再起動していたとか、そういうことを言われても正直納得してしまいそうです。

とどのつまり、この世界がずっと続いていたと自分に対して100%納得させるのは不可能なので、じゃあ夢じゃいけないのか?と考えると、意外にもそんなことはないわけですが…。(そもそも「胡蝶の夢」は、どっちが夢でも現実でもいいじゃないか」というような話だったとは思いますが)

話をゲーム本編に戻すと、今回「I Need You」エンドを見て感じた感覚は、この「胡蝶の夢」という概念を知った時の感覚に近かったです。自分たちは安全圏から、あめちゃんというキャラクターを、インターネット・エンジェルという妄想を楽しんでいたはずなのに、実は自分たちがキャラクター(だと思っている存在)によって妄想された産物かもしれないという可能性は、同じように100%否定することはできないからです。


・Main Processor:raincandy

実はこのゲームの構造について、大きなヒントはタイトル画面に答えが書いてある。「Main Processor:raincandy」。つまり、このゲームを演算していたのは「あめちゃん」。彼女はこのゲームにおいてすべてを処理している存在です。

そんな「あめちゃん」は、「I Need You」含めて、いつも一方的に回線を切る。その後のことは知りえない。「ゲームだからこれ以上作られていないだけ」と論じることは単純ですが、切られた回線の向こう側であめちゃんが生き、また別の「イマジナリー・ピ」を生み出して、今度は婚約者ロールで楽しんでいるという可能性を否定することは自分にはできなくなってしまいました。僕らはいつもフィクションをフィクションだと思って楽しむ。つらい現実から逃げたいとき、夢を見てそこに逃げ込んでいる。でも、ゆめを見ているのは本当はどっちなんだろう?

そして、Date0を選択する際に表示される「あと戻りできません」の意味は、「真実を知ってしまったら、もう元の認識で遊ぶことはできないよ」の意だったんですね。今にしても思うと、最後ウィンドウたちは、自分の正体を自覚してまわないようにする防衛機制だったのかもしれません。


・おまけ:意味が分かると怖い話

さて、このゲームの真の構造が分かったうえで、「ネットロア レベル1」の配信を振り返ってみましょう。

おわかりいただけただろうか


† 昇天 †


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