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『冬にそむく』感想

 直接的にも間接的にも、コロナ禍の影響を受けた作品はもちろん数多くありますが、その中でも非常に個人的な感覚になじんだ作品が『冬にそむく』という作品でした。

 『冬にそむく』は、「冬」と呼ばれる異常気象によって、1年を通して大雪が続くようになってしまった日本で、恋人同士である天城幸久と真瀬美波の関係を描いた作品です。
 降り積もる雪によって世界はゆるやかに分断され、高校生である幸久たちの生活も、「今日は大雪だからリモート」といった言葉が飛び交い、交通機関が定期的にマヒをしたり、日本中で雪かきスコップが売れて手に入らなかったりと不便を強いられている。

 序盤は、そんな生活の中でも、たとえばリモート授業をこっそり同じ部屋でこたつを挟んで受けたり、二人で作ったカマクラでピクニックをしたりと、恋人らしい二人の様子が描かれている。その後も、少し足を伸ばして横浜までデートに行ったりする。ただ、そこにはどうしようもない閉塞感と寂しさが横たわっている。「『冬』がなかったら、きっとこうだったんじゃないか」。つつましく楽しもうと思えば、楽しく過ごすこともできるが、生活や人生にぼんやりと、でも確かに見える天井を作られたような幸久の感じる虚無感は、まさしく「何者でもない多くの人が感じたコロナ禍の影響」だったのではないかと思うのです。

 そんななかでも美波のほうは飄々としていて、鬱々としている幸久と比べると「冬」に順応しているように見える。そして、そんな彼女がいることが幸久にとっても「冬」の世界で唯一の希望となっていく。
 ただ、そんな美波も、当然ながら「冬」に生きる人間で、その心には冷たい雪がじょじょに降り積もっていく。そんな気持ちがあふれた下記の一節には、とても心を揺らされました。

「入院中、お父さんとか世の中のこととかの悪口ずっと言ってて、それを聞くのが苦痛だったけど、いまはすこしお母さんの気持ちがわかる。好きな人や場所から引き離されて死んでいくのはつらい」
「……うん」
「でもやっぱり私はああいうふうに終わりたくないって思った。人や世界を呪いながら死んでいくなんて嫌だ。私はいろんなものを好きでいるうちに死にたい」

『冬にそむく』P279 より

  楽しそうに「冬」を生きていた彼女の、必死さが伝わってくる。世界がつらい状況だからといって、「つらいつらい」と言って何かを憎みながら生きていくなんて、それこそ希望がない。それでも、世界全体が厳しい状況のときは、「楽しそうにする」ことすら罪にも見えてしまう。そんな、物理的ではない部分から閉塞感を、美波の言葉からは非常に感じました。ただ、これに対して幸久が返す言葉がとても素晴らしく、気になった方はぜひ本編で読んでもらえたらと思います。

 この作品で非常に印象的なのが「雪かき」という行為。幸久の家の近所にある別荘に諸事情あって暮らしている美波が、一人で雪かきをしているのを見かねた幸久がそれを手伝うところから、二人の関係は始まる。そして、その後もことあるごとに、幸久は美波の家の前に積もった雪をどかすという作業を繰り返していく。
 物語終盤では、火事の現場に居合わせた幸久が、消防車の通り道を確保するために周囲の大人と協力して雪かきをするシーンがあり、そこで彼が感じた「何かできた」という感覚が、彼の未来へとつながっていきます。
 この作品において「雪かき」は、文字通り日々降りつもっていく何かに押しつぶされないように、自分にできる目の前のことをどうにかやりながらもがく、「その他大勢」の人々の営みを描いているのかもしれません。

 「コロナ禍」という閉塞感は、じょじょに過去のものになりつつある。現実では今のところ「冬」は明ける。そんな幸せを噛みしめるためにも、冬の終わりにお勧めの一冊でした。

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