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【投機の流儀 セレクション】「悪い円安」論の誤り

5月29日号の本稿第1部(6)で「今の円安は本当に悪い円安なのか?」 ということを問題にした。
そして「果たして今の円安が輸出立国の日本にとってトクなのか?あるいは食料品の7割を輸入に頼りエネルギーのほとんどを輸入に頼る日本にとっては不利なのか?」 という問題を挙げ、それについての考えを少々述べた。

今回は結論から言うと円安は日本にとってはデメリットよりもメリットの方がはるかに大きいと断言したい。
筆者のパートナーの石原氏が5月25日の「動画」で「円安は本当に悪いこ
となのでしょうか?円安が日本にとって不利だと主張する人は一部の人々であって円安でトクする人は黙っているから本当のことはよく判らないが……」と述べて日米のマネタリーベースの円ドル比較がプラザ合意以降は概ね円ドル相場とパラレルであるという客観的なデータを示した。かのジョージ・ソロスがこのグラフの考え方でアベノミクス時代の70円台後半から125円までの円安で10億ドルを儲けたという、そこで、この、マネタリーベースの日米比較グラフを「ソロス・チャート」ともいうらしい。

本稿では筆者の意見をズバリ言いたい。筆者もマスメディアなどや一部の評論家の意見に惑わされる傾向はないことはないが、日本にとって円安はデメリットよりもメリットの方が断然大きいと言い切りたい。
マクロ計量モデルで旧経企庁(現在の内閣府内の経済社会総合研究所)や日銀の全てのモデルの中で円安はGDPの増加に寄与している。円安が進むと貿易収支は確かに赤字になるが、国家の「商売の力」を測るのは貿易収支だけではない。経常収支全体を見なければいけない。経常収支全体では黒字であるため円安がGDPの押し上げ要因になることは変わっていない。円安は輸出産業にとってはトクになることは間違いないが、輸出産業の一部分には半導体不足などに伴う供給制約を受けることによって円安のトクな影響を受けにくくなっている面があることもまた事実である。これは1985年のプラザ合意という「先進大国の悪巧み」にみすみす引っかかったことになる。
当時はアメリカは自らを被追尾国とし日本を追尾国たる仮想敵と想定して日本を経済的地位から追い落とすために 仕組んだ極端な円高誘導策であって当時240円のものが10年後には79円になってしまった。今の日銀総裁の黒田東彦氏はその時に大蔵省外金局で「ミスター円」こと榊原英資氏の下に居たが、実質的に史上最大の円売り介入に出て140円台までもっていった。そして、「失われた13年」の中腹にあった日本の金融危機を脱した。今でも多少インフレだからといって気安く利上げをしないでいる黒田総裁は中期的に見て賢明であると言える。筆者が言おうとしていることと同じ意見だと思う。日銀の金融政策を変更して円高に向かえば製造業の海外進出や雇用の減少で国内産業の空洞化につながる。雇用を拡大するためには緩和的な金融環境の維持は必要だ。
円安が日本に不利だという側の意見は極めて一面的にしか見ていない者の意見であると筆者は言い切りたい。
輸入物価の上昇要因は円安だからではない。「輸入物価を円ベースと契約通貨ベースで比較すれば、輸入物価上昇の為替要因は4分の1程度に過ぎない(第一生命経済研究所主席エコノミスト永濱利廣、景気循環学会機関誌「契機とサイクル」第73号2022年4月発刊)。

円安そのものよりも輸入品の値上がり、中でもエネルギー価格の値上がり、このような一時的な現象で金融政策の出口をいじるべきではない。その意味で黒田総裁は賢明だ。プラザ合意で240円から10年後には79円にまで行った円高の際に史上最大の介入を行った実行者だっただけのことはある。その時に表に出たのはミスター円こと榊原英資氏であったが、後ほど榊原氏に訊いたところによれば、「ああいう大々的な為替介入は乱数表を使った暗号表でやり取りする」と漏らしたことがある。為替介入は本質的にはそういうものであろう。

旧経企庁(今の内閣府内部)のマクロ計量モデル(政権や官庁の思惑が入らない客観的な数値である)によれば、円安は個人消費にとって1年目はマイナスだが2年目からプラスになるということが明確になっている。国内経済の面を外需のみで判断するのは不十分だと言える。
日銀とは違ってFRBの使命には二つあって、一つは通貨の安定と同時に雇用の増加である。日本でも大切なのは(日銀の使命ではないが)雇用の増加だ。民主党政権下で超円高の時期にはドル換算でのGDPは増えるが雇用は喪失した。円高で国内産業が空洞化するからドル換算でのGDPが増えても雇用が減ってしまえば本末転倒である。

アベノミクス創始以来、円安のメリットは輸出増加も大いにあったが、それよりも企業の設備投資の増加の方が大きかった。
アベノミクスの三本の矢の三本目は「設備投資につながる成長戦略」であり、これは全く不十分ではあったが結果的には円安によって企業の設備投資は増加した。アベノミクスの意図したものとは違う形で円安によって雇用は増加した。もちろん設備投資と株価の連動性は高い。株高―→設備投資増加―→雇用の増加、という経路を描いた。したがって、円安はGDPのプラス要因になった。内閣府内部(旧経企庁)のマクロ計量モデルでは株価を通じた影響は含まれないが、円安はGDPのプラス要因になっている。アベノミクス以降の雇用増加は円安の影響が大きかったと言える。円安の影響を受けやすい製造業の雇用が増えたことからも判る。輸入物価の上昇については金融政策ではなく財政出動で対処すべきだ(例えば石油会社元売り会社への補助金の適用状況を拡大するなどの方法がある)。この意味でいつの時代でも円安は日本にとっては有利なのだと今でも言い切っている武者陵司氏の説は正しい。


【今週号の目次】
第1部 当面の市況

(1)週明けの市況
(2)5月の国内市況はこのように終わった
 1:個人投資家動向
 2:自社株買いの動きが急増
 3:海外債券動向
(3)騰落レシオがプライム移行後で最大となった
(4)5月末~6月3日目の週末
(5)コロナ禍への対応、緩和マネー、約26兆円を吸収する
(6)QT(量的引き締め)に構える市場
(7)東証プライム市場売買低調、5週ぶりの低水準
(8)目先的には3月高値の2万8,252円、次に200日線だが、あまり細部は見ないで大局を見る方がいいと思う
(9)日経平均は強まりアメリカが安い間に日柄整理が進んだ
(10)米利上げと株式相場について考える
(11)内閣支持率66%、発足後で最高
第2部 中長期の見方
(1)日経平均高値更新する可能性あるか
(2)「悪い円安」論の誤り
(3)相場追認型円安論
(4)米FRB、引き締め倍速、この先はどうなる?
(5)日本の貿易の24%を占める中国(対米比率よりもずうっと大きい)の成長率の下げが相次ぐ
(6)中国共産党組織の日本への侵攻あれば日本国を守れるか?
(7)ウクライナに関するロシアと旧ソ連について
(8)ロシア・ウクライナ戦について
(9)米のアジア関与は日本に重責がかかる
(10)結党以来の「党是」たる改憲を出すか?
(11)トルコの金融政策難航

【プロフィール】
山崎和邦(やまざき・かずくに)
1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年、同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院教授、同大学名誉教授。大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴57年、前半は野村証券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。
趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。
著書『投機学入門』『投資詐欺』(講談社)など多数。
ツイッター https://twitter.com/toukinoryugi

【著書】
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