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治外法権の優しさ

「こんなに色んな話ができるのって
結局、美奈だけなんだよね」

中学からの友人の眞冬と
ファストフード店でハンバーガーを食べてるときに言われた。

眞冬は普段、人を褒めたりしないから
気味が悪くて眉間に皺をよせた。


「え?なに急に。
なんか欲しいものでもあるの?」

「美奈だけなんでしょ。
クラスで進路希望調査出してないの。

つーかもう三年の春だけど
そんな奴いるんだね、やばすぎ。」


眞冬はそう言ってシェイクを飲み終える。

私はカバンから
ファイルに入った希望調査表を取り出した。


「5回なくして、6枚目。」

「なんでなくすんだよ。」


思えば自分で何かを決断したことって
人生で一度もないような気がする。

部活と高校は
お姉ちゃんが入ったり行ったりしたところに
なんとなく、進んだし。


「美奈は人の話を聞く仕事が向いてる」

「カウンセラーとか?」

「知らない。」


眞冬は食べ終えたトレイを下げて
私も慌てて、眞冬の背中を追った。


◇◆

翌日、担任の福島に呼び出された。
私はうんざりしながら職員室に向かう。


「春日。お前いい加減、
進路決めないとやばいぞ?」

「うーん…、分かってるよ…。」


そして昨日、

眞冬に言われたことを思い出した。


「…あのさ、福島。」


私は福島の隣に置いてあった
パイプ椅子に座った。

「人の話を聞くのとかは好きだし、
人の面倒見たりするのも好きなんだけど
私に向いてる仕事が思いつかない。」

素直にそのまま伝えると
福島は少しだけ悩んでから

人差し指を下に向ける。


「保健室の先生とか?」


職員室の下は保健室だ。
怪我した時にしか行かないそこに、
同級生が授業をサボりに寝に行ってるのは知っていた。


「…え?富士峰先生ってこと?
あんなにセクシーにはなれないけど…」

「俺いま進路相談受けてるんだよな?」

私の冗談に真面目に返す福島。
私が曖昧に頷くと、福島は時計を見た。

「富士峰先生に話聞いてもらえば。」

富士峰桃子、というのが
うちの高校の保健室の先生で

綺麗で、優しくて、
サボったりする生徒のこと、注意するけど
追い返したりしない。


普段私が行かないその部屋に入ると

去年卒業した、飯塚先輩が
富士峰先生と紅茶を飲んでいた。


「あら、春日さん。珍しい、どうしたの?」


そういえば富士峰先生は

滅多に来ない私のことですら
名前を覚えていてくれてるな。


「福島先生に、言われて…。
…でも、いまはご迷惑ですよね…?」

飯塚先輩は
すごく綺麗で可愛くて、イケメンな先輩と付き合ってたけど

授業はサボりまくっていた、
ちょっとした問題児だった。

私のことをチラッと見ると
妖艶に笑う。


「私は良いけど。
桃子ちゃんに相談?出ていった方がいい?」

「居てもらって良いです!
そんな大層な話じゃないんで。」


さして仲良くない女の先輩に
進路の話は聞かれても別に問題ない。

富士峰先生は私の様子を見ると
ゆっくり立ち上がって、
私にも紅茶を淹れた。


「福島先生に言われたってことは進路の相談?」

「あ、そうです。
なんか、保健室の先生とか向いてるんじゃないか、って。
富士峰先生の話聞いたら?って。」


飯塚先輩が肘をテーブルについた。

一歳しか変わらないとは
思えないほど、セクシーで魅惑的。

思わずジッと見つめてると
先輩はまた、優しく微笑んだ。

「桃子ちゃんに用があるんじゃないの?」

「えっと…。そうなんですけど。

飯塚先輩はなんで、
保健室通ってたんですか」


不思議だった。
どうせサボるなら、学校に来なければいいのに。

なんで、保健室で寝るんだろう。

私の質問に富士峰先生と飯塚先輩は顔を見合わせる。

…あ、なんか、マズいこと言った気がする。


「ごめんなさい、今のは土足で入り込みすぎました。
答えなくてだいじょ、」


「桃子ちゃんといると、安心するからだよ」


飯塚先輩は黒くて長い髪をかきあげた。
そして紅茶のカップについて口紅を丁寧に拭う。

「…安心?」

「くだらない話に笑ってくれて、
悪いことしたら叱ってくれて、

絶対に私が嫌なこと、言ったりやったりしない。

そういう人って意外と少ないんだよね。」


何も言えなくなった私を
富士峰先生は見つめてから、笑って、
私の肩を優しく撫でた。


「怪我してる人を手当てするのが保健室の仕事よ。

あと、飯塚さんみたいに
捻くれた生徒の面倒見るのもたまに仕事。」

「…楽しそうですね。」


「楽しいよ。毎日飽きない。

保健室は、治外法権なの。
この部屋だけは圧倒的に優しくて、
常に生徒の味方。

甘くて優しくて良いのよ。
生徒が健康でいてくれさえすれば。」


人に優しくするのって意外と難しい。

悩んでる人を見たら
人は励ましたくなるし、

間違ってる人を見たら
人は叱ってやりたくなる。


でも、そういうのってエゴだって
私は思ってる。


「…富士峰先生、ありがとう」

「あれ?私なにもしてないわよ」


「私も先生みたいになりたい」


笑った先生に

私も笑い返した。


治外法権の優しさ




**

渋沢さんは相変わらず
授業に出ないで保健室に来る。

私の顔を見ると
安心したように笑った。


「美奈ちゃん、おはよ」

「おはようー。今日は学校来るの早いね」

「父親が愛人連れ込んでて。」

あの時、富士峰先生は言わなかった。
生徒たちは色んな事情を抱えてること。

みんな、必死に生きてること。


「舞花ちゃん、やっぱりココにいた。
春日先生、おはようございます。

これ、昨日のノート。来週は多分、
国語抜き打ちテストあるから、出た方がいいよ」

「華、サンキュー。
…なんで抜き打ちの日が分かるの?抜き打ててないじゃん」


そして、そういう人を

救ったり支えたりする人がいること。


「美奈ちゃん、ベッド借りるよ」

「二時間目は出なね」

「気が向いたら」


福島にしては
良い未来を教えてくれたって思ってる。



2021.10.16



#あの会話をきっかけに

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