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未知さがし

僕が住んでいる街は、公園に河童の像があって、山の入口に鬼の像があって、頂上には天狗の像があった。
僕は小さい頃鬼の像が大好きで、近くを通っては抱きついて母さんに写真を撮ってもらっていた。
けれど、夜はそれらの像は、違って見えた。闇夜にぼうっと光って、少し怖かった。



学校の帰り道は、いつも一人だ。
理由は簡単。友達が少ないから。
唯一の友達のタカシはサッカー部。放課後は部活動で忙しい。
従って僕は大抵いつも一人だ。それだけ。

さて、今日はどっちへ行ってやろうか。

僕は首をかしげて暫し考えた後、
「こっちだな」
と小さく声に出しながら家とは逆方向に歩き出した。

そう、これは一人での帰り道に最近考えついた、僕の遊び。
“未知探し”

“未知探し”とは、行ったことのない道から道へ、歩いて行く遊びだ。“未知”という言葉は、母さんが休日に観ていた古い映画のタイトルで、僕はその“未知”という響きがとても気に入っていた。
未知の場所を探すから“未知探し”。我ながら上手い言葉を考えた、と思ったのだが母さんからは「語呂が悪いんじゃない」という評価である。

しかし未知探しを初めてから、もう1ヶ月経っていた。行ったことの無い道は粗方無くなってきている。とりあえず家とは反対方向に歩いてみたものの、見知った景色だ。小学校の裏側。校庭からは部活動をする連中の声がする。その中にはきっとタカシもいるのだろう。
僕は公園の河童の像にもたれ掛かって、次の行き先を考えた。
どうしたもんかな。
河童にくっつけた背中からは、ひんやりと冷たい金属の感触がする。像って一体何で出来ているんだろう。銅像って言うくらいだから銅なのかな。

「あ、鬼」

ふと銅像のことを考えて、思いついたのは裏山の入口にある鬼の像だった。確か山の上には天狗の像もあったはずだ。
そういえば随分と裏山の方に行ってないな。
僕は懐かしい気持ちになって、裏山に駆け出した。




鬼の像は、記憶の中よりもずっと小さいものだった。
角のあたりにそっと手を当ててみると、ひんやりと冷たい。先ほどの河童を思い出す。

久しぶりにみる山道は、随分と荒れていた。
道自体は整備されているようだが、山の中は枝草が随分と生い茂っている。その割にあちこちに、ゴミなんかも落ちていたりして、ちょっと綺麗とは言い難かった。
しかし、それは寧ろ僕をわくわくさせる。

これはもう、“未知”だな。

僕は空を見上げて、日の高さを確かめた。
「行けるところまで、行ってみるか」
高揚した気持ちを堪えながら、僕は山道を歩き出した。


山の中というのは、人の声も車の音もないのに、どうして音が止むことがないんだろう。
僕はどこか不思議な気持ちで、山道を歩いていた。
鳥の声や、草をかき分ける僕の音、風で揺れる木々。
太陽の光ですら、木漏れびとなってきらきらという音がするようだ。
静かだけれど、静かじゃない。
まるで今、一人ではなく誰かといるような、それでいて世界は自分だけのもののような。


やがて分かれ道に来たところで、僕は迷わず「頂上」とは違う方向を選んだ。
頂上には天狗の像があることを僕は知っている。つまりそれは“未知”ではない。
それに僕はもう少し、この不思議な感覚を味わっていたい気がしたのだ。


選んだ道は、僕の知らない道だった。
初めて来る場所、知らない場所に僕はどきどきする。
景色はさっきまでと大して変わっていないはずなのに。
僕は目を閉じて耳を澄ましてみた。
鳥の声と僕の足音と木々の擦れる音。そして背中に当たる木漏れび。
「よし、行くぞ」
僕はさらに奥へと突き進んだ。




そうしてどれくらい歩いたのか。
ふと来た道を振り返ると、日が傾いて来ていることが分かった。
今日はもう帰ろうかな。
くるんと体を反転して歩き出したその時。

「まったく、使えないものばかりだな」

どこからから、声が聞こえた。
「まぁまぁ、そう言わんでもええじゃない。ほら、これとかどうだ」
「ふん。お前は甘いんじゃ」
どうやら何人かいるらしい。
声は山の中から聞こえる。
どうしよう、行ってみようか。それとも、帰ろうか。
けれど本当は僕の心は決まっていた。だって今は“未知探し”の際中なのだ。
僕は、道を外れて山の中に入ってみた。

バサバサバサッ。

カラスの飛び去る音が、僕の背中越しに聞こえた。



声の主はすぐに見つかった。
けれど僕は思わず「えっ」と仰け反った。

それは鬼だったのである。

山の入口でみた、あの像にそっくりな鬼が三人。地面をきょろきょろみながら、何かを指でつまんでは、口々に言い合っている。
みると、鬼たちが拾っているのは、僕たち人間が捨てたゴミだった。
空き缶やパンの袋やペットボトル。タバコの吸殻なんかもある。

鬼の三人の足元には、これまた小さな鬼が三匹おり、大きな鬼がひょいひょいと拾ったものを子鬼たちがその背にある籠にきゃっきゃと笑いながら入れていく。まるで子どもの遊びのようだった。
僕は鬼たちに見つからないように、こっそりと後から歩いていく。
鬼たちはしばらく山の中をウロウロとしてゴミを拾っていたが、やがて子鬼たちの籠がいっぱいになると
「今日はこんなもんか」
と言って突然駆け出した。

僕は慌てて付いていく。
鬼たちはぴょんぴょんと踊るように走っていた。
時折、木の枝にぶら下がったり、幹に足をつけてジャンプしたりしながら、器用に木の間を駆け抜ける。



そうして僕がやっと追いつくと、行き先には、川があった。

子鬼が籠をひっくり返す。
ゴミだけかと思っていたが、中にはどんぐりや栗の実、鳥の死骸なんかも混ざっていた。
そして鬼たちはあっという間に消えてしまった。


僕はポカンとして、残ったゴミたちを観ていた。



すると、どこからともなく少女がやってきた。
僕と同い年くらいの少女。
僕と同じようにランドセルをしょっている。

彼女はランドセルの中を開けると、中にゴミをぽいぽいと入れていった。
ランドセルがゴミでぱんぱんになる。なんだかよくわからないゴミの汁がランドセルからこぼれている。
僕は思わず「うわぁー」と声をあげた。


すると彼女がこちらに気づいた。
「誰?」
間髪入れずに、ずいずいと歩いてくる。
僕の前で立ち止まった彼女は、僕より少し背が高かった。
顎のところで綺麗に切り揃えられた黒髪が、陽の光にあたって揺れている。
「あー、ちょっと、鬼を追いかけてて…未知探しをしてたんだけど…」
僕はなんと説明しようか、とぎれとぎれに言う。
しかし、上手く言葉が出てこない。

これは、いつものパターンだ。
僕は緊張すると言葉が出ない。だから、クラスで話しかけられてもうまく答えられない。
それで大抵の人は、面倒くさそうな顔をする。
そしてもう二度と話しかけられることはないのだ。

けれど、彼女は違った。

そのままの姿勢で、じっと僕の目をそらさない。寧ろ「ちゃんと話すまで、許してやらないぞ」と脅迫されているような気持ちになった。
これなら、面倒に感じられたほうがマシだ…。
僕は思いながら、なんとか言葉を探して、ここにたどり着いた理由を説明した。

しかし不思議なもので、一度話始めると、あとは言葉が勝手に口をついて出た。タカシや母さんと話す時と同じだ。最後の方、僕は半ば興奮気味に身振り手振りを交えて話す。
「それで鬼がさ、こうやって木の幹にぴょんって足をついて飛んでさ、それであっという間に、ここに着いて。気がついたら鬼は消えててさ」
彼女は声を上げて笑ったり、相槌を打つようなことはなかったけれど、黒い目は楽しそうに動き、首を少し傾げて微笑んでいた。



と、その時。
ばしゃばしゃ、という音がしたと思うと、なんと川から河童が出てきた。
緑色でつるつるとした身体を纏った河童は、手に先ほどの子鬼が持っていたような籠を持っている。
河童が籠をひっくり返すと、中からゴミと魚とドジョウがわんさか出てきた。
河童は次から次へと、川から現れ、籠をひっくり返していく。
そうして川辺には、再びゴミ山が完成した。
ゴミ山が完成すると、いつのまにか、河童の大群は消えていた。

あまりに一瞬のことだったので、夢であったのかと思うほどだった。
けれど、確かにゴミ山が出現している。
「あれは何なのかな?」
僕が呟くと、彼女は僕の口を慌てて抑えた。
「しーっ」
すると、そこに沢山のカラスが群がってきた。


カラスたちは、枯れ草の網のようなものを持ってきていた。
そしてその中に、ゴミをどんどん入れていく。
魚やドジョウ、どんぐりや栗の実は、途中、カラスたちはつまみ食いをしながらも、やはり同じように網の中に入れるのだった。
その仕草はとても手際がいい。
やがてゴミ山がすっかり網の中に収まると、カラスたちは網を加えて飛び立った。

バサバサバサッ。

大きな大きな音がする。
カラスたちは山の上に向かって飛んでいた。
そうしてあっという間に見えなくなった。


山の上は、真っ赤な色をしていた。

夕焼けだ。

「燃えているみたいだ」
僕が言うと、彼女は言った。
「燃やしているんだよ」

彼女のランドセルからは、ゴミが汚い汁をしたたらせて、こちらを覗いていた。






すっかり暗くなった頃。
山を降りた僕と彼女はやっと小学校まで戻ってきた。
学校の時計をみるともう6時だ。
それでも、今日はなんだかとても長い一日だった。
「君んち、どの辺なの?」
僕が聞くと、彼女は来た道と反対方向を指さす。僕の家と同じ方角だ。
言葉少ない彼女は、どこか河童や鬼たちと雰囲気が似ている。
山を降りて良かったの?
僕が聞こうとしたその瞬間。

「あれ?お前なにやってんの?」
唐突に大きな声がして、振り向くと、部活帰りのタカシだった。
そうか、ちょうど練習が終わる時間だったのか。
「ん?お前、隣のクラスのサエキじゃん。なんだ、お前ら友達だったんか」
タカシが彼女と僕を指差していう。
えっ?と僕が彼女をみると、彼女も驚いた顔をしていた。

タカシは嬉しそうに僕の肩を叩く。
「お前、俺しか友達いないのかと思ってたけど、他にもいるんじゃん。よかった、よかった」
そして「じゃーなー」とサッカー部の連中とさっさと帰っていった。

わいわいと、汗の匂いをさせながら帰るタカシたちは賑やかだ。

僕と彼女・サエキは残されぽつんとする。
賑やかな声の後ろで僕は彼女をちらりと見やる。

「人間だったんだね」
「人間だったんだね」


二人の声が揃った。
僕たちは顔を見合わせる。
そして声に出して笑った。


「帰ろうか」
「うん」


ひとりじゃない帰り道は、いつぶりだろう。

全く今日は、未知だらけだ。




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