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砂を撒く仕事

彼は真面目で、朴訥で、頑固だった。
一度決めたら絶対に諦めない。
そんな彼だから、私は好きになった。


この星の大気汚染は深刻だった。
いつも砂煙が舞っていて、私たち生き物は地上をマスク無しでは歩けない。
生き物の多くは地下で暮らしていた。
砂煙の上空には排気ガスが分厚く陣取り、太陽からの光を遮断して、昼間でも薄暗い。
ほんの100年前は、美しかったと聞いた。
空は青くて今よりもずっと明るくて、植物は生い茂り生き物たちの声がしたと。
私には信じられなかった。


彼の仕事は、リヤカーに砂を乗せて、街の外れに運ぶ役目だった。
運ばないことには、地下への入り口も数週間で塞がれてしまうほどに、砂嵐は酷いのだ。
みんな砂を憎んでいたけれど、彼は砂が好きだと言った。
「砂はね、よく見ると氷なんだよ。そしてすごく綺麗なんだ」
そう言って、ランプの灯りに砂を透かしてよく私にみせてくれた。
砂は深い青色や、赤色、茶色や黄色など、色んな色があって、氷だからか、色は彼の目に映って揺れていた。そうしてみると、本当に綺麗だった。


ある日彼は決心した。
「俺はね、砂をこの星の外に撒きに行くよ」
リヤカーに砂を入れて宇宙からこの星の周りを歩いて、砂を撒いてくるという。
「星の中で砂を移動させているだけじゃ、変わらないよ」
そう言う彼の目は真剣だった。
一度決めたら彼が決して意思を曲げないことを私は知っている。
私たちは、同じ色の砂を集めて袋に入れて、お互い胸から下げた。
「お守りだね」
お別れの日の夜は、手を繋いで眠った。
「夜には空を仰いで。もしかしたら僕の撒く砂の光が見えるかもしれないから」
彼は星の外へ旅立った。



あれから1年経った。
私は毎日夜空を見上げていた。
空は暗くて煙くて、その先に光が見えることは一度もなかった。
寝る前にお守りの砂をランプの灯りで透かすのがいつのまにか日課になった。
きらりと光る青い砂をみていると、時々泣きたくなって困るけど。



そしてさらに6年経った。
ある日、夜空をいつものように見上げていると、空に隙間があるような気がした。
慌てて目を凝らしてみると、その先には光る星が見える。
彼だ。
私は精一杯背伸びして、首を持ち上げて食い入るように空を見つめた。
隙間はどんどん大きくなっていく。
気づけば夜空には、無数の星が瞬いていた。

赤色、黄色、茶色、そして深い青。
私の胸から下がるものと同じ色。
私は思わず空に向かって拍手した。
やがて隙間は小さくなり、ぴったりと閉じてしまった。
「見えたよ」
私はガスに埋もれた夜空に向かって言った。


次の日、目がさめると隣に彼がいた。
「ただいま」
一仕事終えて、満足な笑顔だ。
「突然だなぁ」
私は怒ったポーズをしようとしたけれど、上手くできなくて笑ってしまった。
彼も嬉しそうだった。

2人で外に出ると、相変わらずの砂煙で空は鈍い色でくすんでいた。
彼はそんな風景を愛おしそうにみる。
「宇宙からみたときにね、俺が撒いた砂がまるで道のようになっていくんだ。それで一周すると、星を囲む輪になって、すごくきれいだったよ」
私たちの星を囲む、氷の輪。
私は目を瞑って想像してみる。
それはとても美しい星だった。




「あの輪っかがある星はなーに?」
天体望遠鏡を除いて少女が母親に聞く。
「土星だよ」
「綺麗だねぇ」
「そうだねぇ」
親子は楽しげに遠い空の星を見た。



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