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旅鴉(たびがらす)フーフーとパン屋のキノ

旅鴉(たびがらす)とは。

旅鴉とは、一つ所に止まらず旅をする者のこと。または、他所者(よそもの)を卑しめる時に使われる言葉でもある。


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ここはアンタナという小さな村。
村には大層評判のパン屋があった。
パンの作り手の名は、キノ。
栗色のふわふわした髪に同じ色の目、そばかすだらけの顔の少女キノは、パン屋の父親の背中を見て育った。
父親の力強くパンを叩く音がキノの胸を毎日踊らせ、何十年も使われた釜で焼かれた小麦の匂いでキノの身体は出来ていた。
キノが十五の時父が病に倒れ、キノが店を継ぐと、その若さと腕でたちまち評判となった。
今では国じゅうからキノのパン目当てにお客がやってくる。

カラン、コラン。
ほら、さっそく今日も誰か来た。


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「おはよう、キノ」
「いらっしゃい、スピカ。おはよう」

やって来たのはスピカと呼ばれる少年。
この村に住むキノの幼馴染だ。
時刻は早朝5時。キノのパン屋の開店は早い。
スピカは村の炭鉱場の下働きで、毎朝開店一番にやって来て、鉱夫たちの朝食のパンを買い込むのだ。

「さてっと今日は…カレーパンにホットハムサンド、塩丸パンか。キノ、おすすめは?」
「全部おすすめよ。自分で選んで」
素っ気ないキノの言葉に、スピカはちぇ、と心の中で舌打ちする。
外はめっきり冬の寒さ。
月日が経つのは早いようで遅いようで。
その証拠に昔は一緒に散々遊んだキノも、今ではすっかりこの落ち着きっぷり。足首まであるスカートをはき、洒落た指輪なんかしていたりする。
(そういうスピカも、靴は休日にわざわざ隣町まで靴を買いに行ったりをするけれども。)
スピカは散々悩んだあげく、今日の昼ご飯はカレーパンに決めた。


「そういえばさ、この村に来てるらしいぜ。旅鴉」
スピカは大量のカレーパンをキノに差し出して言う。
鉱場では今この話題で持ちきりだ。(小さな村には娯楽が少ない。)
「旅鴉?」
キノはスピカの言葉にオウム返しに相槌を打ちながら、手早くパンを包んでいく。
「黒い髪に黒い目、黒い肌。黒い服を来た行商人らしいよ。そんな胡散臭い奴、見つけようモンなら追い出してやるって、親方が昨日からうるさくてさあ」
そうね、とだけキノは答える。
パンは綺麗に包み終わっていた。

「どうぞ、カレーパンです」
「ありがとう。はい、これお金」
スピカはポケットから銀貨を3枚取り出した。お金を受け取りながらキノが言う。
「毎回何を買うかで悩むなら、全部買って食べる時に各自で選べばいいのに」
けれどもスピカは首を振った。
「さあこれから皆で働こうって時は、おんなじモンを食べるのがウチの鉱場の伝統なんだ」
なるほど、とキノは頷いた。

カラン、コロン。
「まいど」
小君良いキノの声に背中を押され、スピカは店を後にした。


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その出で立ちを見て、キノにはすぐにその人が旅鴉だと分かった。
大体にこの店は、白色系統が多い。パンも白や黄色、薄茶色が多いし、壁だって棚だって白だ。
その中に文字通り異色の存在がやった来たのは午後3時。
夜の仕込みと休憩のため、一旦店を閉める時間ギリギリだった。

カラン、コラン。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
旅鴉は、ふっと笑みを浮かべて挨拶をくれ、陳列されたパンをひとつひとつ、丁寧に覗きはじめた。
カボチャドーナツ、フレンチトースト、キッシュ、食パン。
白い中に黒い者が一つ混じって、ゆっくりと動いている。
キノはその珍しいコントラストを、不思議な気持ちで眺めていた。(この街には娯楽が少ない)

「ここにあるもの、全部ください」
えっとキノが顔を上げると、旅鴉は再び繰り返す。
「ここにあるもの、全部ください」
優しい声だけれどきっぱりとしたもの言いに、キノは、はい、と良いお返事をして、パンを包んだ。
全部、買うの?
一人の客が店の残り物とはいえすべて買い込むのは、初めてのことである。
キノは一体どういうことかと逡巡した。
一人で食べるのかしら。それともどこかにお土産に?いいえ、旅鴉なんてあだ名がついているぐらいですもの。きっと友人なんていないに違いないわ。

旅鴉はその間、キノの前にスッと立って待っている。
さながら、その名のとおり鴉のようである。
キノがちら、ちらと旅鴉の方を見やると、目が合った。
キノは慌てる。
「あの、旅の方ですか?」
「今日はどこにお泊まりで?」
口から出まかせ。その場しのぎにぶしつけに聞いてしまった、と思ったが意外にも旅鴉はふっと笑みを浮かべて答えた。
「泊まるところはないんです。だからその辺にでも泊まろうかと」
えっ、と驚いてキノは聞き返す。
「でもこんな寒い日に…真冬ですよ?」
旅がらすは頷いた。
「泊まるところ、ないんですよ。なにやら僕の変な噂が出回っているらしく、どこも断られてしまって。食料もやっとこちらで買えました。ありがとう」
スピカの言葉を思い出す。
気づくと、キノは自然と口が開いていた。
「あの!うちで良ければ…」
今度は旅鴉は笑みを浮かべなかった。ぽかん、としていた。


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「で、なんで俺を呼ぶんだよ」
さっきから眉間に皺を寄せたまんまのスピカに、キノは両手を合わせて拝む。
「だって放っておけないじゃない。でもさ、やっぱり見ず知らずの人を女の子の一人暮らしの家に泊まらせるのはまずいでしょ。だから、スピカ、お願い!」
「いや、まぁそうだけど」
横目で旅鴉を見やると、視線に気づいたのか旅鴉がスピカの横にやってきた。
おいおい、と思わずスピカは後ずさったが時既に遅し。
「貴方がこの子のボディガードですか?お手数ですが、よろしくお願いします」
肩をぽん、と叩いて旅鴉はふ、と笑う。
なんだか読めない奴だな…。
スピカは肩をすくめた。


その夜、パチパチと炎が音を立てる暖炉の前で、三人はお茶を飲んでいた。
銅製のカップは熱が伝わりやすく、持つだけで温かい。
「美味しい!」
キノとスピカは思わず目を見合わせる。
それを聞いて旅鴉は嬉しそうな顔をした。
「これはダンテという街で手に入れたものです。紅茶の産地で流通も盛ん、数百種類の茶葉が売り買いされています」
カップを持つ手のその黒い袖に、キラっと何かが光る。
「宝石?」
キノは思わず声に出す。
ええ、と旅鴉は袖を持ち上げて見せた。
「これはバンクーシャという街で手に入れたんです。世界でも随分と珍しい、ベニトアイトという宝石ですよ」
黒い袖にいくつも縫い付けられた青みがかった輝く石は、部屋の中でもキラキラと光っていて、まるでそこだけ夜空があるかのようだった。
キノはほう、と溜息をついた。
こんなに楽しそうなキノを見るのは久しぶりだな、とスピカは嬉しくなる。


「あんたの仕事、行商だって?」
スピカの質問に旅鴉はそうですねえ、と首をかしげる。
「まあ行商と言えなくもないですが。私はもっと、大きなものも売り買いしますよ。例えば…」
旅鴉はキノを指差した。
「例えば、貴方のパン屋。あれを買わせてくれませんか?」
「え…?」
キノは驚いて目を見開いた。
「あのパン屋は既に随分な知名度だ。支店を別の街に出すことでもっと稼げる」
旅鴉は続けた。
「いい値段で買わせてもらいますよ。貴方のお父様を、街の大きな病院に入れて一生面倒見られるくらいの、ね」
がたん、スピカが立ち上がった。
「馬鹿言うな。そんなの渡せるわけないだろ。あれは親父さんが残した大事な店なんだ」
旅鴉の胸ぐらをガッと掴む。
「くだらないこと言うと、寒空の中放り出してやる」
しかし旅鴉は平然としていた。
「さきほどパンを頂きましたが、あの味ならレシピさえあればそこそこの職人で出せるでしょう。キノさん無しでも」
スピカはカッとした。
「このやろう!」
殴ろうと左腕を上げると、瞬間、旅鴉がまたふっとあの笑みを浮かべたのを、キノは見た。旅鴉はスピカの手首を掴み、あっという間にその手を捻って、気づくとスピカは仰向けでその場にひっくり返されていた。
「決めるのはキノさんですよ」
呆然と見上げるスピカに旅鴉はそう言った。そしてくるりとキノの方に振り返る。
「決めるのは貴方ですよ」

紅茶は、すっかり冷めてしまった。


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一週間後、旅鴉が村を去る日がやってきた。
そして、キノも。

キノはこの日、生まれて初めて村を去る。
村中の人々が、キノの見送りにやってきていて、その中にはスピカの姿も当然あった。
「キノさん、よく決心してくださいました」
旅鴉はキノの手を取って言った。
「お店は信頼の出来る方に買っていただきました。貴方から頂いたレシピも、大切に使わせていただきます。それに貴方のお父様の治療も順調です」
キノはぎこちなく笑うと、旅鴉はうーん、と少し間を置き聞いた。
「貴方はこれから、恋人のところで暮らすのですか?」
キノは驚いて旅鴉を見上げた。
「どうして、それを?」
旅鴉は握ったキノの指にはめられた指輪を指した。
「これはフラットダイヤモンドですね。なかなかに高価なものだ。店構えや貴方の服装、家を見た限り、少しこの指輪には違和感がありました。それに飲食を営む人が営業中にも身に付けている。ならばきっと大切な人からもらったに違いない、と」
キノは頷き、祈るように指輪に手を重ねた。
「彼と一緒になれるのはとても嬉しいんです。でもこれで良かったのかなって。村を離れることも、父の店を手放したことも」
旅鴉は言った。
「フラットダイヤモンドは、スライスしたダイヤモンドの原石です。その輝きは、石本来の生まれ持ったもの。見る角度、天気、湿度、人によって如何様にでも変わります」
キノの指の宝石は、儚い光を放っている。
「願わくば、貴方の信じたその道に、幸多きあらんことを」
キノの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


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「気づいてたのか?キノに恋人がいて、このまま店をやっていくことを悩んでいたこと。じゃあなんであの夜、そう言わなかったんだよ」
てくてくと村の外を旅鴉とスピカは歩く。
旅鴉は眉をひそめる。
「彼女自身が決めることですから。貴方や私が横でやんや言うことではないですし」
そしてため息をついた。
「と、言いますか、なぜ僕に付いてくるのでしょう」
スピカは、待ってました、とばかりに旅鴉の前に立ちふさがって言う。

「なんか、俄然あんたに興味がわいたんだ。連れてってくれよ。俺も」
「嫌ですよ」
即答した旅鴉にスピカは被せるように即答する。
「だめ。俺自身がもう決めたから」

それを聞いて旅鴉は、ふ、と笑った。
「勝手になさい」
わーい、とスピカは飛び跳ねる。「なぁ、あんた、名前は?」
フーフーです。
旅鴉は答える。
フーフー。フーフー。
スピカは拍子をつけて歌う。
こうして、旅鴉は二人になった。


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願わくば、彼らの決めたその道に、幸多きあらんことを。




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