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泥棒さんを追いかけて

奴は何処にでもやってくる。
土を掘り掘り、足をバタバタさせて、公園にも家の中にも店の中にも道端にだってやってくるのだ。
奴が盗んでいくもの。
それは、人なら誰しもが持っているもの。



奴は普段はモグラのような姿をしている。
土で作ったお茶碗をひっくり返したような小さな家に住み、育てた野菜を食べて暮らしている。
盗みを働く時だけ、人の姿になるのだ。

そんな奴は、今日は近所のカフェに来ていた。
人の姿をして、カウンターでカプチーノを注文している。
今日もまた、盗みをするに違いない。
私はカフェの客に混じり、コーヒーを啜りながら奴の様子を伺った。


「ごめんなさい、待っちゃいました?」
奴は、ずいぶん前から席に座っていた年配の奥方の前に座った。
いいえいいえと、奥方は首を振る。
「なんだかやる事もなかったから。早めに来てぼーっとしておりましたのよ」
そうですか、と奴はにっこり笑い、薄紫色のマフラーを取りながら席に座った。
奴は、うふふ、と奥方を見つめながらカプチーノを一口飲む。
それで私もつい一緒になってコーヒーを口に入れる。まだほんのり温かい。


「もうすっかり冬になりましたわね」
奥方が、窓越しに外を眺めながら言う。
奴も「ほんと」と頷きながら外を見た。
確かにここのところ、急に寒くなって毎度外に出る度に驚く。
「寒いとお鍋が美味しいんですよね」
奴はのんびりと言った。

それから2人は鍋の具材でひと盛り上がりし、その後は奥方が最近腰が悪いという話をし、最後は口数少なく互いに飲み物を堪能していた。
「あら、もうこんな時間。名残惜しいけれど帰らなきゃ」
奥方が立ち上がる。
「楽しかったわ。ありがとう。また是非」
そう言うと奥方は、老人と思えぬほどの軽い足取りで去って行った。
腰が悪いと言っていたのに。
奴は奥方が見えなくなるまで、その背中に手を振っていた。



やっぱりだ。
奴はまたしても盗みを働いた。
私はこぶしをぐっと握りしめる。
奴は奥方の疲れを盗んだのだ。
その証拠に、先ほどの奥方の後ろ姿は活力で溢れていた。



そこで私はおや、と気づく。
くそ、またやられた。
どうやら私の疲れも奴は盗んでいったらしい。

こうして益々、私は奴を追いかけてしまうのだった。


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