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ネジを巻いて

時は2022年。
ロボットは人と同じように話し、考えることが出来るようになった。
ただ一つ、難点なのは、動力がネジ巻き式であること。


星も月も見えないどしゃ降りの夜に、少年は初めてそのロボットと出会った。
アルバイト代を全て注ぎ込んで、自分へのクリスマスプレゼントに買ってきたのだ。
初期設定はとても簡単。
彼はロボットを『キング』と名付けて、毎日話しかけた。

キングはネジ巻き式なので、巻いた分しか動けない。
一回にマックスまで巻いて動ける時間は、だいたい12時間くらいだった。
でもキングのすごいところは、だんだんと動ける時間が長くなることだった。
そのうちにキングは1カ月以上も動くことが出来るようになった。
彼は毎日キングと学校に行き、ご飯を食べて、一緒に眠った。


ある日スコールがやって来た。
少年はその雨音を聞いていたら、どうしても外に出たい衝動に駆られた。
ふとキングを見ると、足を小さくパタパタさせていて、どうやら同じ気持ちらしい。
彼らは顔を見合わせるとにやにや笑った。
「行っちゃう?」
「行っちゃうか」
2人はそのまま外へ飛び出した。

雨はどしゃ降りであっという間に髪も服も一体化した。
あまりの激しさに、目を開けるのすら面倒になってくる。
キングは両手を空に目一杯差し出して、雨を全身から浴びていた。
びしょびしょで、せっかくの長いまつげも黒くて綺麗な髪も、よく分からないことになっている。
2人は離れないように手を繋いで線路の下に避難した。

「雨はすごいけど、風は案外ないなぁ」
「スコールなんて、そんなもんじゃない?」
「にしても、この濡れ方は尋常じゃない」
「ほんとだよ。やばい」
彼らは口々に言い合っては、笑った。
雨の音も、電車の音も、グレーに染まった街の景色も、何もかもが可笑しかった。
「あー、生きてるって感じがする」
キングは空を見上げながらそう言った。


その日から、少しずつキングが動ける時間は短くなった。
どうやら、あの雨で壊れたらしい。
動ける時間が短くなるほどに、キングの記憶は消えていった。
「大丈夫。あのスコールは覚えてるよ」
ネジを巻き終わった後、心配そうに見つめる少年に、キングは最初にまずそう言うようになった。


ある日、ネジを巻き終わってもキングは「おはよう」としか言わなかった。
少年がスコールのことを尋ねると、キングは瞬間ハッとしてそれから優しい声で言った。
「大丈夫。まだ、覚えてる」

その日の夜は雨だった。
キングのネジが音を立てて止まる。
少年はずっとその場に座っているだけだった。
肩を震わせて涙を流し、ずっとずっと、ただキングをみつめているだけだった。




カッカッカッと靴音を鳴らして白衣姿の青年が真っ白い部屋の中を歩いていく。
時は2029年。
彼の視線の先には、長いまつげで黒髪のロボットが椅子に座っている。

「これでも、最速で来たんだよ」
彼は笑いながら、手に持っている新しい形のネジをロボットの背中に差し込んだ。
「さぁ、生きろ」
カチリ、とネジを巻く音がしてロボットはゆっくりと目を開けた。





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