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優しい嘘

初めて気づいたのはニュースを観ていた時だった。
テレビ画面と自分の間に両の手のひらをすうっと差し込んだ兄ちゃんは、瞬間、「この政治家嘘ついてるなー」といった。
その後しばらくして、その政治家が汚職か何かで捕まって、僕は兄ちゃんの手のひらには、不思議な力があることを確信したのだ。
僕はそれから兄ちゃんのことを「ヒーロー」と呼んでいた。


今日は兄ちゃんがうちに来る日だった。
昨日彼女が泊まりに来ていたので、片付けが大変だった。
なんとか終わった頃、ちょうどチャイムが鳴った。
「久しぶり」
兄ちゃんは相変わらず色白だ。
少し太ってるし話もあんまり上手くないのに、それでも兄ちゃんは結構モテてきていて、多分あの力を使っているのだと、僕は内心思っていた。


夕飯を食べ終わって、2人でまったりしているとき、ふと彼女の話を兄ちゃんにした。
最近、上手くいってない。
すると、兄ちゃんは僕の前に手のひらを差し出して
「お前、その子のこと本当に好きなの。」
と、急に聞いてきた。
カッとなって僕は思わず立ち上がった。
「なんで心の中みてんだよ。帰れ!」
自分はその力を使って上手くやれる癖に、僕の苦労が分かってたまるか。

兄ちゃんは、ごめん、と呟いてしょんぼりと帰って行った。



その日は昔の夢を見た。
兄ちゃんの後を一生懸命僕は追いかける。
でも途中で息が詰まってしゃがみこんでしまう。
兄ちゃんが気づいて戻ってくると、「大丈夫か?」と聞くけど僕は「大丈夫」と即答した。
置いていかれたくなかったからだ。

でも兄ちゃんは僕の前に手のひらを差し出して言った。
「嘘つけ。兄ちゃんには分かるぞ」
そうして2人で家に帰って行った。



今度は別の場面になった。
兄ちゃんが職場で悩んでいた時だった。
「その手でさー、なんとかならないの」
僕は兄ちゃんみたいな人が、周りから認められないことに納得がいかなかった。
ふくれっ面の僕に兄ちゃんは言う。
「この手で見える範囲は、この、腕が届く先までなんだよね。」
兄ちゃんは腕を星に向かって伸ばしてみせた。
「さらに言うと、俺が守れるものもこの腕が届く範囲なんだよ」
そしてふっと笑って僕の頭をなでた。
「ま、だからこれくらいまでで精一杯ってことだ」
ベランダで星をみながら煙草を吸ってる兄ちゃんは白く光って見えた。

目を覚まして、僕は暫くぼんやりとしていた。



「兄ちゃん、ごめんね」
僕は兄ちゃんの家まで行って謝った。
兄ちゃんは小さくうん、と頷くと
「俺、ほんとは人の心読めないよ」
と言った。

人の表情とか話し方とかで、なんとなく分かる気がするだけでさ、と兄ちゃんはひひひ、と笑った。
「お前がヒーローとか呼ぶから、なんか言い出せなくて」
頭をぽりぽり掻いて恥ずかしそうに俯く兄ちゃんは、やっぱり僕のヒーローだった。

兄ちゃんの家でお茶を飲む。
再びまったりしながらニュースをみていて、ふと気づく。
「でもさぁ、あの政治家のはなんで分かったの?」

兄ちゃんはひひひ、と笑ってしどろもどろになり、結局理由は教えてくれなかった。


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