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リスタート

初めて来た火星は凄くもざもざしていた。
土は灰色で空気も水も無くて、とてもじゃないけど生きていけない、そう思った。
でももう、帰る場所はない。
ここで生きるしかない。


僕たち地球人が火星に住むようになって、7年が経った。
僕は地球生まれの人間としては、最後の世代だった。
僕より下の世代は、予め火星に慣れておくため最初から火星で産むよう、政府が取り計らったから。

7年という時は、長い。
僕たちの世代を含め、多くの人間は火星での暮らしに慣れてきていた。
以前ほど「地球に帰ろう運動」は盛んじゃない。
それでも心の何処かで、いつか帰れる、そう思っていた。

「おい、今度地球探索に行くらしいぞ」
だからツバサにそう言われた時は、正直心が踊った。
また地球に帰れる日が来るかもしれない。
いや、まず地球に行けるだけで嬉しかった。
この7年間、地球は完全な立ち入り禁止で、僕が所属する宇宙空間調査班も例外ではなかった。
しかし喜んだのもつかの間
「最初の世代のじっちゃんも一緒だけどね」
と言われて一気にテンションが下がる。
まじかよー、と僕はうなだれた。

最初の世代は、僕らとは逆に火星に最初に住み始めた地球人だ。
高齢化社会だったから、高齢者の有志メンバーが選ばれた。
じっちゃんはその中の1人で、「地球に帰ろう運動」のリーダーでもあった。
じっちゃんは説教臭いし熱い。
だから一緒に行くのは正直ちょっと面倒臭い。
でもまぁ、地球に行けるのはやっぱり嬉しかった。

次の日から、僕とツバサは毎日地球の話をした。
頬を撫でる風や、湿った空気。
きらきらと太陽の光を浴びて流れる川、木漏れ日、そこから覗く虫や鳥たちの声。
懐かしい情景は夢の中にも浮かんできた。
この火星にはないもの。
僕たちの生まれ星にあるもの。


地球探索の日がやってきた。
ツバサは緊張して、宇宙船に乗り込む顔が引きつっている。
僕も同じ顔をしてるのだろう。
最後に乗り込んできたじっちゃんは僕たちをみて
「大丈夫か、お前ら」
と頭をかいた。

宇宙船に乗ってからきっかり100日で地球に着く。
いつ乗っても宇宙移動は好きに慣れない。
頭がキューっと押しつぶされているような感覚なのだ。
宇宙には何にも無くて、ただ黒い中を突っ切るだけだ。
でも、地球に行ったらもうこんな移動は繰り返さなくても良いのかもしれない。
そう期待することは少し怖かった。



辿り着いた地球は、灰色だった。
太陽の光もなく、緑も無く、虫たちもいない。
灰色の世界がもざもざしているだけだった。
宇宙服を着ているのに、呼吸すらままならない。
「こんなとこ、住めないよ」
ツバサがぽつんと言った。

その通りだ。
地球から住むことを拒否されているようで、僕は背筋が冷たくなった。
気づくと唇はガタガタと音を鳴らして震えている。
だって期待したんだ、また地球で暮らせるって。
またあの景色が見れるって。


じっちゃんは土を触ってまじまじと見ていた。
そして両手を上げると大声で叫んだ。
「会いたかったぞー!」

「なあ、お前らは知らないだろうけどな、火星だって最初はこんなだったぞ。
いや、もっと悲惨な状態だった。
俺たちは、壊れたってまた作って、また壊れてまた作って、そうやって何千年も生きてきたんだ。」

じっちゃんの目は、宇宙服の中でもぎらぎらと黒光りしているのが分かった。
この灰色の世界で、唯一色のあるものだった。

「なんか、地球に帰ってきたって気がしたわ」
ツバサが笑う。
僕もつられて笑った。
空を仰ぐと、分厚い雲がゆっくりゆっくり、でも確実に移動しているのが分かった。

さぁ、もう一回始めよう。
僕は地球の地面を蹴った。



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