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先生の特別

「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく…」
空に薄白い雲がゆったりと流れ、物静かな教室に先生の細い声が響く。

「こんな勉強して何の役に立つの?」

生徒が憎らしげな口を叩くと、先生は
「さぁ、何の役に立つのかしらね」
とこっくり首を傾げるのだった。



「あんた、ああいうこと言うのやめなさいよ」
授業が終わると、ノゾミは先ほどの憎たらしい男子生徒に釘をさす。
男子生徒は、はいはい、と口で返事をしながらも視線はずっと先生を捉えていた。
そんな事したって、先生はあんたのことなんて眼中にないのに。
ノゾミは悔し混じりに心の中で思う。
年上の女教師のどこがいいのか、ノゾミにはさっぱり分からなかった。



「先生は、どうして先生になったの?」
放課後、プリントを取りに行ったついでにノゾミはふと先生に聞いてみた。
資料室で2人きり。
ノゾミは少しだけ、緊張した。

「資格職なら、食べて行けるかなって」
およそ教師らしからぬ先生の答えに、ノゾミは思わず苦笑する。
「そんなの、中学生の生徒に言ったら夢も希望もないよ」
「そう?それならそうねぇ。あ、本を読むのが好きだから。国語の教科書読むの、好きなのよ」
先生はそう言って、下を向いてさらさらとテストの採点を続けている。
まる。ばつ。まる。まる。まる。
テストには、先生が好きだと言うその教科書の文章が載っている。

「私は教科書に出てくるお話、どれも好きじゃないけどな」
少し意地悪な気持ちになって、ノゾミはテストを指差してそう言った。
文の中では、男の人が友人に胸の内を熱く語っていた。
「だってこんな言葉、そもそも現実じゃ言わないし。」
ノゾミは口を尖らせる。
すると先生は手を止めて、ノゾミをみつめた。
「あら、私は言うわよ」
ノゾミは驚きながら言う。
「聞いたことないよ」
すると先生は目配せをする。
「特別な時に使うのよ」
悪戯っぽく笑う顔は、まるでノゾミと同じ中学生のようだった。



それから暫くして、国語のテストがあった。
先生から手渡されたノゾミの答案用紙には、バツが沢山並んでいた。

受験前にこの点数は絶望的だ。
暗澹たる気持ちでノゾミは答案用紙を確認する。
バツ、バツ、マル、マル、バツ。
「あ」
そこでノゾミは、一番下に小さく何かが書かれていることに気がついた。

「望みはまだある。迷わず走れ」

それはあの教科書に出てきた文章だった。
ノゾミがぱっと顔を上げると、先生と目があった。
しかし先生は、にっと不敵に笑うと、さっさと教室を出て行った。


「どうしたの?お前」
机に顔を突っ伏しているノゾミに、男子生徒が声をかけると、ノゾミはぽそっと呟いた。
「ちょっと、あんたの気持ちが分かったかも」
きっと今自分は、
耳まで赤くなっているに違いない。
ノゾミはそのまま、暫く机に顔を寄せていた。

「それにしても、ダジャレじゃん」
心の中で、そっと悪態をついてみる。
熱くなった頬に、
木の感触が冷たくて気持ちいい。



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