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旅豆腐

絹ごし豆腐、木綿豆腐。
卵豆腐、胡麻豆腐。
そして、旅豆腐。
豆腐屋のミミーさんのお店には、"旅豆腐"が売っている。

ミミーさんは驚くほど背が高い。
だから行列の後ろにいても、くるりくるりと動くミミーさんはよく見える。
ミミーさんは働くのが好きじゃない。
でも、働くミミーさんがみんな大好きで、お店はいっつも行列だ。
豆腐も美味しいし。

やっと僕の番がやってきた。
「またきたの?今日は何?」
ミミーさんはいつもの通り素っ気ない。
愛想笑いが嫌いなのってよく言っている。
それで接客業をしているのだから、ほんとミミーさんてわからない。
「旅豆腐」
僕が言うとミミーさんはやっと少し嬉しそうに笑ってくれる。
「好きなのねぇ」
僕は有頂天になった。

旅豆腐は一口食べると、身体がふわふわと浮いて夢の中にいるようだ。
そして文字通り、これはミミーさんの夢なのだ。
ミミーさんはその日にみた夢を詰め込んで豆腐を作る。
ミミーさんの夢の旅。

今日は山に登っていた。
山道の足元がこんなにもゴツゴツしているものだとは思わなかった。
途中で何度もよろめくのだけど、不思議な力でぐっと引き戻される。

やっと頂上に着くと、広大とも雄大とも言えない圧倒的な景色がそこにはあった。
首から上がぐっと上がってしまうような、どこまでも続くパノラマ。
僕は手を伸ばして360度ぐるっと回ってみる。
それだけで平衡感覚はおかしくなって、地球の丸さを実感してしまう。
丸い地球にまるごと飲み込まれて、このまま一緒に落ちていけそうだった。

「昨日の旅豆腐、凄く美味しかったよ」
翌朝、お店を掃除しているミミーさんに声をかけると、彼女は面倒くさそうにうなづくだけだった。
ミミーさんは悪い夢は豆腐にしない。
楽しいことだけを、みんなにお裾分けしてるのだ。

「僕、悪い旅豆腐も食べたいな」
僕はミミーさんの目をみて言ったけれど、彼女は呆れた顔で呟く。
「10年早いのよ」
10年。なんて短い時間なんだ。

「その約束、忘れないでね!」

僕は嬉しくって駆け出した。
待ってろよ、僕の本気を見せてやる。



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