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彼の選択

その瞬間は、今でも忘れられない。
キュッキュッと体育館をならす音が、ダンダンと弾むボールの音が、目の前を動く選手たちがみんなスローモーションになって、やがてぼんやりと消えていった。
そうしてただ床の冷たさだけが、いつまでも頬を刺していた。

「よーし、集まれ!」
フワフワ浮いた身体を捻りながら、青年たちは監督の元に集合した。
ここは宇宙ホッピングボールセンター。
人類が宇宙で生活出来るようになってからわずか3年で、宇宙での生活はスポーツが盛んになるほど当たり前となった。
中でもホッピングボールは1番人気のスポーツ。
ボールを持って無重力空間を特殊スーツで動き回る。
進行方向に行くためには、僅かな空気を身体で感じて弾いて飛ばす。
誰もが出来るものでもないが、彼は順応が早かった。

気づくと、彼の横に監督が立っていた。
「お前が入ってくれてよかったよ。いい動きしてる」
すると彼は顔をしかめ、下を向いてポツンと言う。
「別に、特別なことじゃないです」
監督はキョトンとしていたが、やがて、うーんと首を傾げて言った。
「人生はさ、選択と偶然で出来てると思うんだ俺。」

監督の肩は大きい。
昔は監督も何かのスポーツ選手だったと、いつか彼は聞いたことがあった。

「お前が怪我をしたのは偶然だ。その後すぐに宇宙進出が進んだのも偶然。で、ホッピングボールをやることにしたのはお前の選択」

そこで監督は彼をみつめた。

「望む望まないに関わらず、偶然てのは起きちまう。でもなぁ、偶然の方がそれを引く確率は低いんだよ。分母がでけぇから。偶然を多く引いてるやつは、レアってわけ」

にしし、っと監督は笑った。
なんだか子どもみたいだ。
「レアキャラってのはいいっすね」
彼も少し笑った。

「しかし不思議だなぁ、人間てのは。こんな宇宙にまで来ても、やってることも悩んでることもなんも変わんねんだ」
転がって来たボールを拾い上げると、監督はそれを彼に放った。
くるっと身体を上手に回転させて彼はそれをぽんっと受け取る。
「人間がそれを選択したんでしょ」
監督はまたキョトンとして、やがて笑って言った。
「お前はほんと順応性あるなぁ」

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