ペニー・レイン(17章)
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「でも、目を見えなくして怖いとは思わなかったんですか?」
あまねは、動物園の表門を出て、恩賜公園の広場をゆっくりと歩きながら、槇村に聞いた。
「もちろん、初めは怖かったですよ。ただ、そのときはとにかく依怙地になっていたのでしょうね」
「何年くらいその状態で?」
「三年ほどですね」
「三年も」
あまねはそう呟いて、響太と過ごした三年と槇村の暗闇における三年を比較し、その重みを測ろうとした。ただ、両者は天秤の上に並べて比べるべきものではないことに気づき、すぐに胸にしまいこんだ。
「少し目をつぶって歩いてみますか?ここは広いし、変な目では見られませんよ」
少し離れたところに取りつかれたようにツイストを踊り狂っているリーゼント頭が見える。革ジャンの男たちは、ラジカセから流れる割れた爆音に合わせてくねり続け、一方それを好奇の混じった顔で見物する観光客の外国人が、シャッターを切っている。
「そうですね。ちょっとやってみます」
あまねは、言われたままに目を閉じて歩いてみた。広く抜けたコンクリートの道には何の障害物もなかったが、あまねは前方に両手を伸ばし、見えない何かを探ってしまう。
「大丈夫、足元だけに注意して。あと十歩進んだらターンして戻りましょうか」
あまねは、口の中で1、2、3……と数え、十歩目で折り返してまた歩きはじめた。
「ストップ」
あまねは、その合図にびくっと体を震わせて止まった。恐る恐る目を開けると、ゆらゆらとまどろんだ視界が広がった。
「初めは、こんなものです」
スタートラインにいた槇村は、斜め前方二メートルほどの位置にいた。知らず知らずのうちに、かなり曲がって歩いてしまっていたのだった。
「馬鹿でしょう?こんなことを、近くの空き地で目立たないように何度も練習しましたよ」
「すぐに慣れるものなんですか?」
「まあ、慣れないと怪我しますからね」
すぐそばでは、どこかの宣教会が救済と称してオルガンを弾きながら炊き出しをしている。群がる人々は、不毛なレッスンなどには見向きもしない。
二人は、再びまっすぐに歩きだした。公園の出口に近づくにつれて落ち葉の厚みは増し、足音を殺すようになる。ジグザグになった小道に茂る木々の中には、色づいたもみじがちらほらと見える。
あまねは、夕焼けのようなもみじより、夜明け前のような群青を残した若いもみじが好きだった。
「こっちから行くと、近道なんです」
あまねは、上菱のれん街に抜ける階段の方に槇村を招いた。
(続く)
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