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ペニー・レイン(19章)

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また代わり映えのしない秋の日が始まった。案の定、槇村の姿は見えなくなり、可織の最終日も確実に近づいてきていた。

あまねは日々をやり過ごすように暮らし、最後に響太に会ってからちょうど二週間目の夜、「文化の日は空いてる?」という何の色気もないメールを送った。そして、数時間後に届いた返事もまた「空いてるよ」という簡素なものだったが、あまねはこの間の件でという旨と待ち合わせ場所を丁寧に伝え、その後はあえて携帯電話のある方を見ないようにした。

会いたいけれども会うのが怖い、それはつまり、現実味はないものの、会うということが端的に別れを意味したからだった。会う日が決まると、できることはもう心の準備だけしかなかった。

十月最後の休みの朝、あまねは持て余したコーヒーを片手にああでもないこうでもないと思案した挙句、響太と可織に手紙を書くことを選んだ。両者は別れ際に渡すという点で一致しているが、本質的に性格が異なるものだった。

ただ、この件に関しては、書き切ることができようができまいが、「いつか」は許されない。とにかく響太にも可織さんにも書かなければならない、漫然とテーブルに座ってはいられない。そう思ったあまねは立ち上がり、半分ほど残したフレンチトーストを台所に運んだ。卵の汁気が多すぎた失敗作のそれは、ふてくされて丸まった番犬の姿に似ていた。

季節外れのかごバッグを提げ、ピクニックさながら家を出たあまねは、小田急線に乗り換えて参宮橋駅で降りた。久しぶりに降り立った駅前は時間が止まったように変わらなかったが、浮浪者の巣窟のようだった公園に限っては「ポニー公園」という爽やか過ぎる空間に取って代わられている。

あまねは、その変貌ぶりに驚きつつ明治神宮の西参道側にある入り口に辿り着いた。厳しい顔をした門守の視線をやり過ごして砂利道を行くと、視界が開けて芝生が見えてくる。ブロッコリーのようにこんもりとした森の上空では、カラスたちが不吉な集会を開いている。紅葉の盛り前の一時的に寂れた広場に出て、お気に入りのポイントを目指した。

丘のようなあたり一辺には、ほとんど人影がない。あまねは、ちょっとした水溜りで中絶された箇所に来ると、以前に響太が手を引いてくれたことを思い出しながら、ぬかるみを踏まないように飛び越した。

そのときは新緑の季節で、はぐれた一輪のタンポポが印象的に咲いていた。今はその代わりに、外国人の親子が昼下がりを楽しんでいるのが見える。三歳になりたてくらいだろうか、走り回る子供の姿はおぼつかなく、いかにも危なっかしい。転がったボールを拾いにきたのを見て微笑みかけると、彼自身が柔らかすぎるボールのように飛び跳ねながら逃げてしまった。

「さてと」
あまねは、自らを鼓舞するかのように小さくつぶやいた。

(続く)

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