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ペニー・レイン(11章)

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「そもそも、あまねが卒業して以来、どこか釈然としないものがあるんだよね。しっくりこないって言った方がいいかな」
響太は、頬杖をつき小さくため息を吐いたあとで、おもむろに切り出した。

「何が?私と?」
「そう。やっぱり、関係性が変わったよ」
「具体的にどう変わったの?」
「馴れ合いの関係になった、かな」
「そう?」
「うん」
「それで?」
先刻とは打って変わって、あまねが迫るような形の会話になっていた。響太は、脱脂綿を詰められているみたいにもごもごと口を動かし、あまねはその要領を得ない態度がもどかしかった。

「うん、だから……」
「だから?」
「だからもう、終わりにしよう」
あまねは、ただ「終わりにしよう」という単語を反芻した。頭の中には、言いたくもない言葉が次々と浮かび、彼女の理性を蝕んだ。

「好きな人でもできた?」
「違う」
「じゃあ、いきなりどうして?」
「いきなりではないよ。このまま続けていても向上しないというか、とにかくお互いコンディションがよくないと思ってた」
「私はそう思ってないし、ちゃんと話し合えばいいでしょ?」
「そういうことじゃなくて。とにかく、一度リセットしたいんだよ」
「リセット?もう気持ちがないってこと?」
「そうじゃない」
「どうしたいの?」
「だから、さっきから言ってるように……」
「分かった」
「分かった?」
「いい、そうする」
あまねの熱を帯びた瞳には、表面張力に耐えかねた涙が溢れ返り、見かねた響太はその涙から目を逸らした。

「そっか」
「でも、あまりにも一方的だから納得できないよ」
「どうしたら、納得できる?」
「できない」
「じゃあ……」
「だっておかしいよ。こんなのズルい」
「ズルい、か」
「そう思わない?」
「思うよ」
あまねは、嫌というほど響太が本気だと感じていた。今までも何度かこういうやり取りはあったが、今回は抜き差しならないものがあった。責めたところでどうにもならないこの状況で、あまねが知り得たものといえば、とりあえず冷静になるしかないという、切なさだけだった。

「ちょっと考える。それで、もう一度会って」
「分かった」
響太はそう言うと、二度と喋らないのではと不安になるほどに固く唇を結び、深々とソファーに沈み込んだ。

「十一月十一日」から今まで、響太のいる生活を疑わなかったあまねには、現状を正確に理解することはできなかった。ただ、それでも別れというベクトルはそのエネルギーを明日へと傾け、二人を着実に飲み込んでいくようだった。

(続く)

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