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ペニー・レイン(6章)

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「オネサン、ギガァクメン、ハドコデスカ?」
あまねが訝しげに振り返ると、鼻をつまんだ響太がにやにやして立っていた。

「やめてよ、仕事中なんだから」
あまねは小声でたしなめ、澄ました顔をするように努めた。
「ココカ?ココデエエノンカ?」
響太はそんな風にふざけながらも、ガラスケースの中身に釘付けになっている。

「あのさ、さっきミュージアムショップ行ったんだけど、鳥獣戯画モチーフのジュエリーだけセール除外品なのは何故?売れ筋なわけ?」
「知らないよ。もう全部見てきたの?」
「だいたいね。しかし、混みすぎだね特別展は。みんなガラスに張り付いちゃって、巻物なんて全然見えないよ」

他にお客さんがいないとはいえ、響太は雑貨屋で置き物をいじっいるときのように気兼ねなく話す。あまねは同僚が交代を告げにくるのではと冷や冷やすると同時に、そういう響太を仕事中に見られることが嬉しかった。

「だいぶ板についてきたじゃん、制服」
「そうかな?普段赤なんて着ないけど。ちょっと待たせちゃうよ。大丈夫?」
「十七時半には上がれるんだっけ?あとは、東洋館だけだから、見終わったらアメ横辺りでうろついて……で、新橋に来てもらえるかな」
「新橋?」
「野暮用。というか、元々新橋に行くつもりだったから。おいしい焼き鳥が待ってるよ」

響太は、デートにおいて「目的地は設定しない」「あらゆる場所がデートスポット」という信条を持っていて、一見身勝手すぎるその考えこそが彼の魅力の支えているとも言えた。そしてまた、あまねはそのスタンドプレーの観客になって楽しむという図式に安住していた。

「うん。東洋館はね、入り口付近のミイラにご用心」
「オーケー」

待ち合わせ場所は、飲み屋街がひしめく路地裏の一角にあるこぢんまりした店だった。五組のテーブル席とカウンターはオレンジ色の薄明かりに包まれていて、そこにいる者の緊張感や警戒心といったものを悉く取り去っているようだった。

「お先お飲み物から、よろしいでしょうか」
「『富乃宝山』で」
「それ、おいしい?」
「芋だけど。割と飲みやすいと思うよ」
「じゃあ、私も同じので」

カウンターに座った二人の正面にある棚には、様々な名前でキープされたボトルが所狭しと並べてある。あまねは、ラベルの横に「キンちゃんの♪」と書かれた『よいこころ』を見て独りでに和んでいた。

「アットホームでいい感じのお店でしょ?」
「うん。よく来るの?」
「たまに。久々に食べたくなってさ。焼き鳥っていうと、ここかな」
響太はそう言ってカウンターの奥を覗き込み、店長に媚びるような視線を送った。

「どう?」
響太は、舐めるように口をつけているあまねに問いかけた。少しクセのある芋焼酎は、ほんのりと熱を残しながら喉を通り過ぎていく。

「うん、なかなか」
「そういえば、昨日不思議な客がいるとか言いかけたよね?」
「そうだそうだ、あの人の話しなきゃね。その人、目が見えないみたいで、大きな真っ黒のサングラスをかけてステッキをついてるんだけど、月に何度も平常展見にきてるらしいんだよね。一昨日も来てたし」
「いくつくらい?」
「六十歳くらいかな」
「目が見えなくても、見にくるわけね。障害者だとタダだから何度も来るんじゃないの?」
「四百二十円のために?でも、実際何を見てるのかな。特別展の方は音声ガイドが付いてるからまだ分かるけど、平常展だけを見てるみたいだし」
「気になるね、それは。確かめてみたら?」
「どうやって?」
「いや、率直にさ。『まことに失礼なこととは存じ上げますが、何を御覧になっていらっしゃるのでしょうか』って」
「そうだね。チャンスを窺ってみる」
「マジで?」
「冗談」

「お決まりですか?」
カウンターの横から、注文を待ちくたびれた店員が二人の会話を軽やかに遮った。
「揚げ豆腐とこのわたと。あまねは何がいい?」
「砂肝食べたい」
「そんなの好きだっけ。あとは?」
「ナンコツのから揚げ」
「なんで、コリコリしたやつばっかりなのさ」

響太は、あまねの滑稽な注文を聞いて白い歯をこぼした。切れ長の目をした響太の顔は、普段はきついイメージがするが、笑うと驚くほど爽やかな表情になる。そしてそれは、本人が無自覚なだけにより無邪気に写り、あまねは見る度に「他の子にあんまり見せないでね」と大人げなく思ってしまうのだった。

「この盛り合わせ、ハツは入らないですよね?」
「ハツはちょっと、入ってないですね」
「じゃあ、盛り合わせ二人前にハツを二本プラス。で、最後に鳥雑炊を」
「かしこまりました」
店員はそう言うと、よく通る声で厨房にオーダーを通した。
「『ハツ』ってどこ?」
「ここ」
響太はそう言って胸をさすり、苦い顔をした。

(続く)

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