いぬもどき

トムのTシャツ。まだしんせんなドラム缶。ペンキのにおい。淡水エイの切り抜き。汚いほど大きい木の下に野良犬が三匹。のびをしたり、たがいの匂いをかいだり、鼻はかわき、ろっ骨は浮き出ている。妹は青、赤、黒とよんでいる。風にあおられたときに見えた地肌の色で区別できるらしい。でも一匹はいぬもどきかもしれないわ。石をぶつけたこともある。犬の片目から虫が落ちてきた。野良犬は食べてしまった。はらがへっているようだ。妹は笑ってあめを投げつけた。犬はあめよりも妹が好き。妹は汗をよくかいたから、すべりやすくて、五回は食べられた。妹はなんでも見せてくれる。とくに傷口は自慢する。切れ目も縫い目も。色から形から音から。でも噛み痕は隠した。宝の地図だから、だめ。彼女はそれから、ちょっとフォークを曲げられるようになった。

ベーブのトレーナー。横倒しのドラム缶。さびのけなげさ。トランクの女の子の手は長い。大きな目でけさ切り。うらから来たわって、釘をいっぱい握って、唇をなめながら名前もいっぱい。野良犬と妹さんを手術してあげる。犬は二匹。妹は一匹はいぬもどきで、そのいぬもどきに噛まれたという。手術には反対した。女の子はあきらめた。でも釘はもっとほしいの。妹は野良犬の歯を差し出した。老人の芸者のようにやせた犬を真似て犬に近づいて歯を抜いた。ぐるぐるしてねじみたいですてき。女の子はガムを噛みながら釘や歯を木に打ち込んで、くらやみで妹にくちづけし、いかがわしい器官をささやいた。どこの国の言葉か分からない。妹は失語症になった。女の子にたくさんの落葉があたった。落葉は刺し違えた。トランクを開けた。いっぱいのおっぱい。もぐら印。

クラッカーのセーター。馬鹿力のドラム缶スラムは充電中。ふくせんだらけの日記。ぬいぐるみの焦げ目。犬は一匹。でもたぶんいぬもどきだろうな。いぬもどきのさんらん。名刺のように散乱。月面軟着陸中の月食。妹が話せるようになった。黒幕の話を続けよう。ぜんざいをほしがる。父は光、姉は音、弟は味をなくしてあらわれた。ただいま、お母さん。教えてよ。妹が叫ぶこどもの名前。とても長い名前。どこか極北の暗黒大陸の島の部族。いぬもどきが燃えている。降る雪でもっと燃える。きっと雪は名刺。いぬもどきたちの死体。チョークのふちどり。死体は分裂した。とけそうなきいろい花。まっさらないろえんぴつで○をしよう。○をすれば水。にげようとする水。卍でおさえる。点になる水。不規則にかがやく水。不自由な水。わたしにまかせて。どいつもこいつも。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?