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泉御櫛怪奇譚 第二十二話

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第二十二話『うなれ旋風! 鎌鼬の櫛』
原案:解通易堂
著:紫煙

――『妖怪』と一言に申し上げましても、語り継がれる地方によって姿形や行動に差が見られることがございます。例えば『鎌鼬』ならば、一匹で行動していたり、三位一体で行動したり、文献の数だけ、彼らの暮らしを知ることが出来ます。
おや? どうやら遠い所からやってきた小さな鎌鼬が、解通易堂へやって来たみたいですよ……――


 少し湿った段ボールの内側。どんな雨が降っても水が入らない様に、念入りに梱包されたその中では、既に自我を持った妖怪達が隙間を埋め尽くしている。
[きゅぅ~!]
 サブロが化け狸と太った猫又に挟まれて、情けない声を出している。
[タロ兄ちゃん、ジロ兄ちゃん。タスケテ~!]
[サブロ。手ェ伸ばセェ。オラが引っ張るぞぉ]
 一番身体がしなやかで自由が利くジロが、蠢く妖怪達の隙間をするりと移動してサブロの大きな手を掴む。そのままカブを引き抜く様に弟を救出すると、長男のタロがいる段ボールの隅っこまでサブロを連れてきた。
[うぇえ~ん。狭いよぉ、苦しいよぉ。ここに居る妖怪達、皆おっかねぇよぉ~!]
[怖気づくなサブロ! オイラたちは由緒正しき妖怪、鎌鼬だ! 胸を張っていろ]
 両前足を草刈り鎌に変形させ、周囲に威嚇しながらタロがサブロを叱咤激励する。一丁前な事を言っているが、他の妖怪達からしたら彼らはまだまだ子どもサイズである。妖怪に親子の概念があるかどうかはさて置いて、顕現したばかりの若造であることは確かだ。
[おやまぁ。こんなに小さい妖怪が、なぁんでココに居るんかねぇ?]
 ガマ蛙がにやけた顔で三兄弟を覗き込んでくる。
[おやおや? 北のお山の臭いがする……お前達、付喪神じゃないね?]
 一つ目小僧が大きな目を見開いて、わざわざ首まで伸ばしてタロに近付く。それだけではない。顕現している妖怪達全員が、外から入ってきたこの小さき鎌鼬三兄弟に興味津々なのだ。
[くひひ……こりゃぁ、泉様がどんな顔をするか、見物だねぇ~]


 雨上がりの、蒸し暑い朝早く。大小様々な荷物と一緒に、三兄弟が潜り込んだ段ボールがぐらりと揺れる。
[いよいよ、泉様とご対面だねぇ]
[開けた途端に飛び出して、驚かせてやろう]
 段ボールの中で蠢く妖怪達は、今か今かと箱の上の方へ集まって来る。
[わぁ! 揺れてるよタロ兄ちゃん! 箱から逃げようよぉ~‼]
[お、落ち着けサブロ! オイラ達はただ運ばれているだけだ、ここで逃げたら妖怪の面目が丸つぶれだぞ!]
[どこに行くんだろうなぁ。さっき、オラ達を見テいた一つ目の妖怪が『イズミサマ』っテェ言っテたけどなぁ、関係あるかなぁ?]
 ジロが胴を伸ばし、他の妖怪達を搔い潜って段ボール箱の外側を伺うが、隙間からは朝日が差し込むだけで何も見えない。
 暫く足踏みの様な揺れが続き、途端にしんと静かになった。タロがごくりと生唾を飲み込んで、弟達を庇う様に前に出る。
 刹那、眩い光が頭上から降り注ぎ、妖怪達が一同に外へ飛び出した。
[泉様~‼ 驚いたぁ?]
[ちょっと誰だい、アチシを引っ張るのは]
[押すな押すな! ぶつかぁるぅ~‼]
 百鬼夜行か妖怪列車を想像させる程の妖怪達が、飛び出した拍子で天井に張り付く。群れの流れに抵抗できなかった三兄弟は、その勢いに逆らえずに、ずるりと箱から引きずり出され、巻き上げられた。
[うわぁー‼ 大揺れだあーー‼]
 顔がほぼ黒く、茶色い耳がピコピコと良く動くタロ。
[タロ兄ちゃん、暴レっと身体が絡まるよぉ]
 他の二匹より一回り大きく、狸の様な黒模様のジロ。
[ぴゃぁああぁ~! 眩しいよぉ!]
 一番小さいが両前足だけが誰よりも大きく、目と眉の位置に黒い模様があるサブロ。
[[[たすけてぇー‼]]]
 三兄弟が打ち上げられた天井で悲鳴を上げると、下の方から人間の手が優しく妖怪の群れに差し込まれ、団子になっている三兄弟を救いあげた。人間の手の中で一息つこうとしようにも、妖怪の群れの中で離ればなれにならない様にしたのが災いして、タロとサブロがジロの長い胴体に絡まって、何とか身体を解こうともんどりうっている。
[[[きゅぅ~~‼]]]
「おや……? これは、これは……随分と可愛らしい、イタチさん……ですね」
[おぉ! このニンゲン、ボク達が見えるのか?]
 一番に解けたサブロが、人間の手の温もりに身体を摺り寄せながら驚いている。なんとか団子を解いたタロも同じ顔をしていたが、ハッと我に返ると、小さい両前足を瞬時に鎌に変化させて前に出た。
[お、オイラ達は由緒正しい鎌鼬だ!]
[あ‼ そ、そうだ! ボクたちゃぁ立派な妖怪でぃ! 兄弟と自由にこの世を楽しむんでぃ!]
 タロに倣って、サブロも口調を変えて応戦する。のんびりとしたジロだけは、解通易堂の店内に並ぶ櫛の数々。知らない香り。天井の妖怪達、自分達が雨宿りの為に潜り込んだ櫛の束をくまなく観察している。
 人間が帳場の上に三兄弟をゆっくり置くと、ジロが喋りたそうにぬるりと胴体を伸ばした。
[アンタが、他の奴らが言っテた『イズミサマ』? オラ達、北の方のお山が無くなっちまったもんデ、ここまデやっテ来たんだぁ]
 ジロの声を聞いた人間は、ゆっくりと頭を下げて三兄弟に礼を見せた。
「……申し遅れました。ここは、解通易堂……私は、ここを任されて……おります、泉……と、申します。では……貴方が、三位一体の指揮官……所謂、リーダーで……ございますか?」
 泉が丁寧に尋ねると、三兄弟は待ってました。と言わんばかりに泉の手からぴょんと飛び降りて陣を作り、恐らく何度も練習してきた自己紹介を始めた。
[一番デカいがぁ、オラは次男! つむじ風とこの身体を使っテ、ニンゲンを転ばせる『ジロ』!]
[花形の鎌使い、オイラが長男! つむじ風に紛れてザックリ人切り『タロ』!]
[最後は末っ子、ボクの出番! どろんと傷薬を出して傷の痛みを止める『サブロ』!]
[[[オイラ達、立派な鎌鼬三兄弟‼]]]
 最後に声を合わせると『ででん!』と、何処かから太鼓の音が聞こえてきた。バッチリ決まった三兄弟は満足そうに自分のポーズを自慢している。三兄弟は格好良いつもりなのだろうが、イタチが立ち上がって精一杯バンザイしている仕草は、誰が見てもとても可愛らしい。
「これは、これは……素敵な自己紹介、ありがとう……ございます」
 ゆっくりと拍手を送る泉に、ジロは耳をぺたんと垂らして弟を見つめた。
[んでもぉ、サブロぉはまだつむじ風を起こせネんだぁ……だから住処がほしくテェ]
[こら、ジロ‼ こう言うのは長男がやるんだ‼]
 タロが鎌を元の手に戻して、弟達を庇う様に前に出ると、泉に改めて頭を下げた。
[おい、イズミサマとかよう。オイラ達、雨風凌げるお宿が欲しいんだ]
「ほう……ですが、タロ様……ここはお宿では、ございません……天井の『彼等』が宿るは、この焦がし櫛の中に……ございます」
 泉が視線を上げた先で、妖怪達がくすくすと笑っている。何体か舞い降りて櫛に戻っていくと、櫛の模様がより鮮明に、より生き生きと映って見えた。
「焦がし櫛とは、買った人間の想いが……動物や妖怪等に、形となって宿る櫛……そして、現世に飽きた妖怪が……最後まで居ようと、決めた櫛……。今まで、現世を物見遊山することに……飽きた妖怪が、櫛に宿るものなのです……櫛と生涯を終えようとするには、タロ様方は……まだ、現世に飽きては……いないように、見えるのですが……」
[そりゃあ……オイラ達はまだ故郷と、ここに来るまでの景色しか見てない……]
[でもボク、何処に居ても雨は降るし、寝る時にあたる風は冷たいし、そんで……ニンゲンの手は思ったよりもあったかいって分かったよぉ~!]
 悩むタロに代わって、サブロが前足を上げて答える。サブロの手はタロやジロよりも一回り大きく、爪も少し丸みを帯びている。泉は応える様にサブロの手に指を合わせて「そうですね」と上下させていると、ジロも楽しそうに泉の手に擦り寄って来た。
[なぁ~。イズミサマの手ェはあったケェなぁ]
「これは、これは……光栄です」
[あ、オイラも……じゃねえ! 妖怪としてやっちゃいけねえ事は守る。だから、オイラたちがここに居る事、見逃してくれ!]
 タロが縋るように泉の手に巻き付き、結果的に、彼の手に三匹共群がる状態になってしまった。
「困り、ましたねえ……。それでは、この木櫛を借り宿に……如何でしょうか?」
 泉は自由な方の手で段ボールを探ると、中から新品の焦がし櫛を取り出した。まだ明るい琥珀色のその櫛には、三兄弟と同じ三匹の鎌鼬が焼き付けられていた。
[おぁ! ボクたちだぁ~!]
[おぉ。ニンゲンはオラ達の事見えるんケェ?]
「そうですね……所謂『見える』人は、ごく限られております。しかし、その見える人が描いた……絵巻物が、各所に広められて……ございますので、見えない人も……同じ様に描けるのです」
[ほぉー。そんな変な巻物創ろうとするニンゲンが居るんだなー]
 感心するタロに、泉は「はい」と頷いて、鎌鼬の柄が良く見える様に櫛の面を傾けた。
「同じ種族の、焦がし櫛であれば……居心地が、良いと思いますよ」
 興味津々に木櫛の臭いを嗅ぐジロとサブロに対し、まだ抵抗がある素振りを見せるタロに向かって、泉は言葉を選びながら説明を始めた。
「タロ様……『櫛』とは、毛並みを整え……『ケガレ』を梳き取る、人間の道具です。しかし、妖怪が憑りついた……焦がし櫛は、それ以上の『お役目』が……ございます」
[オヤクメ? なんだそれ?]
「ふふ……もし、そのお役目が分かった時……タロ様、ジロ様、サブロ様で……櫛を宿にするかどうか、お決めください……」


 棚の上に置かれた焦がし櫛を、三兄弟が恐る恐る訝し気に睨みつけたり、小さい手でちょいちょいとつついてみたりしている。泉は静かに微笑み、新しいおもちゃを前にした時の猫と同じ動きをしていると思いながら見守っている。
 勇気を出して[せーの!]と入り込んだ櫛の中は、三者三葉の感想だった。
[ほぁ~! 思ったより広ぉい]
[サブロ、あんまバタバタするんじゃねえ! 狭い!]
[んおぉ、外で嗅いだのとは別の臭いがするぞぉ。なぁタロ兄ちゃん、サブロ。お山の木の臭いと似テんなぁ]
 櫛から漏れ出る三兄弟の声に、泉は両手で焦がし櫛を持ちながら、微笑ましそうに眺めていた。
その時、開店前の店の扉がカランと開いた。
「……あの、やおやさんは、どこですか?」
 外から訪れたのは、小さな女の子だった。夏に似合う黄色いワンピースに麦わら帽子。肩に下げているのは、A4サイズのファイルが入る程の大きさの空のバッグと、子ども用の水筒。
 もう一本、目立った赤色の紐が首から下げられていたが、何が付いているのかは服に隠れて分からない。
「いらっしゃいませ……解通易堂へ、ようこそ……私は、泉と申します」
「はい。なかむら、ほのかです。5さいです」
 ほのかと名乗った少女は、帳場からやって来た泉に向かって改めて問いかけた。
「あの、やおやさんは、どこですか? ほのは、ひとりできました。おかあさんは、おなかがおっきくて、だからほのが…『ワタシ』が、かわりにいくの。おつかい、なの!」
 ほのかは袋と水筒の紐をギュッと握りながら、懸命に覚えた言葉を連ねる。
[ちっちゃい! ボク達と同じみたいだ]
[そぉだなぁ。ニンゲンの子どもだろぉなぁ]
[シッ! ニンゲンに聞こえるぞ]
 櫛の中でわちゃわちゃする三兄弟をそっと懐に仕舞い、ほのかの目線まで腰を落としてしっかりと話を聞いた泉は、納得した様に指を顎に当てると、その指をゆっくりと回しながらほのかに説明を始めようとした。
「八百屋さんは、大通りの……いえ、少々……お待ちください」
「へ?」
 泉はほのかに一礼して席を外すと、直ぐに帳場の奥からちゃぶ台と小さな木箱を用意してきた。
「申し訳ございません。ご用意出来るのは、これしか無くて……」
「わー‼ おままごとのつくえ?」
 ほのかは用意された木箱に座ると、ちゃぶ台にバッグの中から梱包された一輪の向日葵を置いて楽しそうに歌を歌い始めた。音程は所々外れていたが、この国の誰もが知っている曲だった。
 空だと思っていたバッグから花が出てきた事に驚いた泉は、眼鏡をかけ直して問いかけた。
「おや、素敵な……向日葵ですね」
「そう! ほいくえんのかえりにね、おかあさんがいつもみてたの」
 ほのかは机の上に置かれた向日葵を持ち上げ、同じ位の笑顔で勢い良く喋り始めた。
「おかあさんね、おつかい、ひとりでできたら、なんでもかっていいって。だから、これ‼」
「そうですか……成程。先に、買いたいお花を……買いに行ってしまい、お家にも……八百屋さんにも、戻れなくなって……しまった。と……」
 小さな子どもにとって、朝と夕。右と左の景色は全く違う。ほのかはずっとバッグと水筒の紐を握りしめて、解通易堂へ迷い込んできたのだろう。
[あの黄色い花、お山で見た事ねえな?]
[見た事あるよタロ兄ちゃん。もっとお花が大きくて、畑みたいにいっぱい咲いてて、良い匂いなんだぁ~!]
 サブロがぬるりと櫛から出ようとするのを、兄二匹が寸での所で塞ぎとめる。
[さささ、サブロ! 待て待て‼]
[そうだぞぉサブロぉ。お行儀良くしネェとぉ]
[ご、ごめん。タロ兄ちゃん、ジロ兄ちゃん……]
 三兄弟が懐から出たり入ったりする様子を見て微笑んだ泉は、ちゃぶ台を叩きながら歌い続けるほのかに向かって再び声をかける。
「お歌が、お上手ですね……では、一緒に歌って……いただけませんか?」
 泉はほのかの歌に合わせて、解通易堂から一番近い八百屋への道を口ずさんだ。ほのかと同じちゃぶ台に紙とペンを用意して、歌詞の通りに地図を描き込む。
「え? おうたちがうよ?」
「はい。これは、八百屋さんに辿り着ける……魔法の、お歌なのです」
「そうなの!? じゃあいっしょにうたうー!」
 ほのかが一人で歌える様になるまで、泉は何度も八百屋までの道筋を歌い込んだ。何度も何度も繰り返す為、懐で聴いていた三兄弟まで一緒に歌い出す。
[あかはたぁ見えたらぁ~♪ ……ふふ、これ楽しいねぇ。ボク好き]
[サブロぉ、これは『オウタ』っテェやつだぁ]
[そうか、ボクこのお歌覚えたいなぁ]
 サブロは気付かれない様にそっと櫛の外に出ると、泉の懐からぴょこっと顔を出して、ほのかを羨ましそうに眺めた。
[ふふん! オイラなんかもう全部歌えるぞ! サブロ、オイラが教えてやる!]
[タロ兄ちゃんが教えてくれるの!? やったぁ~!]
 急いで櫛に戻ったサブロは、タロとジロに教えてもらう。
 覚えたての歌を、ほのかに合わせて歌い出す三兄弟を、泉は懐をちらりと開けて眺める。
「……ふふ」
 そして、面白いことを思いついたと、眼鏡の奥で目を細めた。


 小さなお遊戯会は三兄弟には長い様に感じたが、タロが泉の懐からそろりと顔を出して店の外を見ると、不思議と太陽は上がり切っていなかった。歌を覚えたほのかは、泉と共に外へ出る。
「昨日は、土砂降りでしたが……今日は、快晴ですね」
 そう言って、泉が懐から焦がし櫛を取り出す。太陽の方に向けられた焦がし櫛は、琥珀色が更に照らされて艶やかに反射している。
「わぁ! おはなとおなじいろ!」
 見上げたほのかが、櫛を指さして「みっけ!」と声をあげた。不思議に思った泉が、ほのかと同じ目の高さまで櫛を太陽に向けた。
「おや、確かに……こうして太陽に照らすと、向日葵と同じ色にも……見えますね」
[[[んん? 本当かぁ?]]]
 三兄弟は、突然向けられた太陽に目をパチクリさせながら人間達の会話に耳を傾ける。泉はゆっくりと櫛を下降させると、三兄弟に向かって耳打ちした。
「タロ様、ジロ様、サブロ様……よろしければ、ほのか様とご同行……願えますか?」
[な、なんだってー!?]
 驚いて櫛から飛び出したタロに向かって、泉が片目を瞑って提案する。
「櫛とは、人間と共にあるもの……これも『お役目』を、見付ける為だと……思っていただければと」
[むむむ……]
[タロ兄ちゃん、ボク、あの子について行きたい!]
[オラもぉ、あのお歌の行先、知りテェなぁ]
 タロの下からひょっこり出てきた弟達が、泉に同意を示して来る。弟からの要求に弱いのか、兄としての見栄があるのか。タロは大袈裟に胸を張って泉を見上げた。
[し、しょうがねえなぁ! これでオイラが『お役目』を見付けてやるぜー!]
「ふふ、頼もしいですね……では、よろしくお願い……致します」
 泉は焦がし櫛を優しく撫でると、地図を記入した紙と一緒に、ほのかに向かってゆっくりと差し出した。
「ほのか様……こちらが、やおやさんへの地図で……こちらは、お守りです」
「おまもり? わぁ、いたちさん! いーち、にぃ、さん。さんびき!」
 ほのかは小さな両手で受け取った櫛をじっくりと見つめ指で判子を押す様にして鎌鼬の数を数える。
「はい。迷ったり、怖くなったりしたら……この櫛を、見てください。この鼬様を見ると、落ち着きますよ」
「ほんとう!? でも、ものをもらったら、おかねをはらうって、おかあさんが……」
 ほのかは首に下げられた赤い紐をいじりながら、子どもなりに悩んでいる。
「ほしいもの、もうかっちゃったから……おまもり、かえない」
「では、買うのではなく……何かと、交換するのは……如何でしょう?」
「こうかん?」
 泉が提案すると、ほのかは櫛を一度泉に返してから自分の持っている物を地面に置いた。
「かばん、すいとお、おはな……あ! おはな!」
 ほのかは慌てて辺りをキョロキョロと見渡すと、近隣の神社がある方の道端に何かを見つけて、全速力で駆け出した。突然の行動に、泉が視線に収まる範囲まで移動すると、少女はしゃがんで一生懸命何かを集めている。
「できた!」
 ほのかが再び立ち上がり、泉の方に駆け戻る。土まみれになった小さな両手には、白や薄桃色の小さな野花が束になっていた。
「おかあさんがね、このおはなはつんでもいいって。これと、こうかんしてください!」
「これは、これは……素敵な花束を、ありがとう……ございます」
 泉は小さくて華やかな野花の花束を受け取ると、懐からハンカチを取り出してほのかの手を優しく拭う。改めて泉から櫛を受け取ったほのかは、もう一度鎌鼬を数えながら太陽にかざしてキャッキャと喜んだ。
「いーち、にぃ、さん! ふふふ!」
 満足するまで鎌鼬の柄を指でなぞってから櫛をギュッと握りしめると、広げた持ち物を順番に装備して勢い良く頭を下げた。
「やおやさん、おしえてくれて、ありがとうございます。いってきます!」
「はい。いってらっしゃいませ……」
 泉が手を振るよりも早く。ほのかは大通りに向かって元気に歩き始めた。
「ほのかはぁ、あるくのだいすき~」
 ご機嫌なほのかは、解通易堂で教えてもらった歌を口ずさみながら、大通りを真っ直ぐ歩く。解通易堂に入って来たよりも表情は明るいが、未だにバッグと水筒の紐を離さないし、櫛を握りしめた方の手は震えている。
[ほのちゃんの手ェ、イズミサマのよりあったケェなぁ]
 ジロが櫛の中で大きな体を丸めている。サブロは頻りに櫛からひょっこりと顔を出しては、ほのかの様子を観察している。
[ねえねえ、ボクのこと見える? 見えるぅ~? ボクはキミのこと、いっぱい見えるよぉ!]
[こら、サブロ‼ 櫛から落っこちるぞ!]
 タロはそんなサブロの尻尾を掴んで、懸命に踏ん張っていた。そんな三兄弟の事を知る由もなく、ほのかは歌いながら道を進んでいく。
「どんどん、ゆこおぉーー‼」
[おぉ~!]
 ほのかの歌に合わせて、サブロは勝手に合いの手を入れている。しかし、その瞬間。
「わぁ!」
[わぁ!]
 ほのかの身体がアスファルトの地面に叩き付けられ、サブロの視界がガクンと傾いた。反射的に櫛に入ったサブロが、タロに抱き着いて目を閉じる。
[ぴゃぁ‼ 兄ちゃん、どうなったの!?]
[オイラも分かんねえ!]
 反射でタロも目を塞いでしまっていたが、ジロは転がる二匹を胴で受け止めて、そろりと櫛の外に顔を出した。
[おぉ。ほのちゃん、転んじまったみテェだなぁ。周りのおっきいニンゲンに助ケテもらったみテェだけどぉ……]
[お、おう……ジロ、そのまま見ててくれ。こえぇ……地震かと思ったぜ……]
 タロはまだ目が開けられない様で、ほのかの様子をジロに任せる。
 任されたジロが見守る中、自力で立ち上がったほのかは、声をかけてくれた大人に「ありがとうございます」と頭を下げて、握りしめた櫛をジッと睨みつけた。ジロが一瞬[見つかった!]と、身体を隠そうとしたが、ほのかの辛そうな顔を見て、見守り続けようと胴を伸ばした。
[だ、大丈夫かぁ? ほのちゃん、痛かったなぁ……]
「い、いたくない……いたくないもん。だいじょうぶだもん……」
 ほのかは鼻をすすって転んだ痛みに耐えると、再び歌いながら歩き出した。一瞬会話が出来たのかと驚いたジロだったが、少女が一人で我慢したのだと気付くと、感心した様に溜息を吐く。
[偉ェなぁ。サブロみたいにピャアピャア泣かネェのなぁ]
[えぇ!? ほのちゃんすご~い!]
 サブロが感心して、ジロと一緒に顔を出す。ふと視線を下げると、ほのかの足に擦り傷が出来ているのが見えた。
[あ……ねぇねぇジロ兄ちゃん、ほのちゃん怪我したよ。ボクの薬、塗って良い?]
[おぉ。こっそりだぞぉ]
 ジロがサブロの身体を掴んでつむじ風を起こした。櫛から飛び出した風に紛れて、サブロは素早く尻尾から薬壺を出すと、ほのかの膝に出来た擦り傷に薬を塗った。
[向こうの膝にもある……あ! 手にも傷があるよぉ!]
[おうよぉ]
 ジロが素早く風で移動し、サブロが全ての傷に薬を塗ると、ほのかがハッとして足を止めた。膝や肘をジロジロと見て、嬉しそうに声をあげる。
「あれ? このかぜ、いたくない……いたくない!」
 涙目だった顔がパッと明るくなると、今度は楽しそうに歌を歌いながら、元気よく一歩一歩を踏みしめる。タロ、ジロ、サブロも、ようやく安心してほのかと同じ景色を楽しむことが出来た。
「あおまる~しんごおぉ、さんかいみたら~……くるまじゃないほう、まがって~まぁっすぐーー!」
 俯いていた顔が嘘の様。歌の通りに信号機を確認し、もう直ぐ目当ての場所に到着する。ほのかが歌の通りに辿り着いたのは、商店街の中にある、彼女が何度も母親と言った事のある八百屋だった。
「あかはたみえたらぁ~」
[[[やおや・さ・んっ!! イェーイ‼]]]
 ほのかに合わせて、三兄弟が櫛の中で合唱する。八百屋のおばちゃんが店の奥から姿を現すと、一人で来たほのかと面識があるらしく、驚いて声をかけてきた。
「あらぁ、いらっしゃいほのちゃん。今日は一人?」
「はい! ひとりできました。おかあさんは、おなかがおっきくて、だからワタシが、かわりにきました。おつかい、です!」
 ほのかは、何度も練習した言葉を間違えずにおばちゃんに言うと、シワシワのお買い物メモをワンピースのポケットから取り出して、おばちゃんに差し出した。
「これ、ください!」
「えーっと……あらぁ、にんじんが一本とジャガイモが一個ね。これで全部?」
「はい! じゃがいもは、おっきいのください!」
 ほのかのハキハキした言葉は、おばちゃんだけでなく店内の大人達を感心させ、口々に「偉いね~」「賢いね~」とほのかに声をかけてくれる。
[ニンジンとジャガイモ? 直ぐに必要ってことは、今日の晩飯か?]
 タロが首を傾げると堪らずサブロが前足を高く上げる。
[はいはーい! ボクは肉じゃが! お山でニンゲンが食べてる所見た!]
[煮物かぁ。オラはカレーが良いなぁ……]
 ジロも加わって、三兄弟で晩飯のメニュー会議が始まる。
[タロ兄ちゃんは、何だと思う?]
[オイラは……ポトフが食べてみたいなあ]
[おぉ。やっぱり洋食は憧れるよなぁ]
[ボクね、お山で見た根菜のきんぴらも食べてみたい! 良いなぁ。ほのちゃん、今日は何を食べるのかなぁ~]
 そうこうしている内に、おばちゃんがメモに書かれた野菜を用意して再びほのかの前に現れると、ゆっくりと値段を教えてくれた。
「はい、二つで160円。袋は要る?」
「ふくろは、ここにいれてください! おかねは……」
 ほのかは向日葵の入ったバッグをおばちゃんに渡すと、櫛をお買い物メモが入っていたポケットに入れて、首にかけられていた赤色の紐を「うんしょ!」と引っ張った。
 襟から現れたのは、向日葵模様のがま口財布だった。小銭入れとして使用しているであろう小さい財布は、少し色あせて使い込まれているのが見て取れる。
「ここに、あります!」
 こうして、おつりとレシートをがま口財布に入れて、もう一度襟からワンピースに隠したほのかは、おばちゃんから野菜の入ったバックを受け取って帰路に着く。
「ほのかはぁ、あるくのだいすき~♪ ……ふふふっ」
 替え歌が気に入ったのか、ほのかは家を目指しながらも八百屋さんまでの歌を歌い続ける。もう櫛を握る手は震えておらず、拙いがスキップも出来ている。
[ほのちゃん、ちゃんとおつかい出来て良かったなぁ~!]
 サブロも嬉しそうに尻尾を振りながら、ほのかの様子を見守っている。ジロもサブロとほのかを見ながら、のんびりと身体を伸ばしてリラックスしていた。
[おぉ、良かったなぁ。オラ、ニンゲンとこんなに関わった事なかったケどもぉ、櫛から見える景色もぉ、ほのちゃんと一緒なら楽しぃなぁ……]
 穏やかな時間に一人と二匹が浸っているが、タロだけがほのかの後ろを睨みつけ、落ち着かない様子で両前足の爪をカチカチしていた。
[ん……? どうしたぁタロ兄ちゃん?]
 気付いたジロがタロに問いかけると、タロは櫛から慎重に顔を出して人だかりの奥を指した。
[なぁ、オイラ達が解通易堂から出てから……ずっと同じニンゲンが後ろに居んだ]
[おん? どれどれぇ?]
 タロに倣ってジロも櫛から顔を出す。サブロが兄達の隙間からむいむいと顔を出すと、人混みの奥で明らかにほのかを見ている男性が、一定の距離でついて来ているのが見えた。中肉中背。真夏なのに布のマスクをしていて、しかし汗も拭かずにジッとほのかだけを見ている。
[誰かなぁ? ほのちゃんの事、ずっと見てるね]
[お父さんかなぁ? にしちゃぁ、イズミサマよりも老ケテ見エるなぁ……]
[むむ……人間にゃぁ、人攫いって悪党が居るって、お山で聞いたことがあるぞ! もしかして……あの野郎、ほのかを狙っているんじゃないか⁉]
 タロは両手を鎌にして不審者に威嚇をするが、距離が縮まることも、遠くなることもなくほのかの後をついてくる。しかし、ほのかは全く気付く様子も無く、歌いながら見慣れた帰り道を歩き続けている。
[さて……どうするか……]
 鎌のまま腕を組んで、櫛の中で会議が始まった。考え込むタロとジロに対して、オロオロするサブロは、櫛からほのかの様子を伺いながら大きな両前足を頻りに振っている。
[ねぇねぇ、危ないおじちゃんなら、引き離す? だって、ほのちゃんは自分で買ったお野菜で、ご飯食べるんだよ?]
 口火を切ったサブロに、ジロはのんびりと応える。
[んでもぉ、ずっと見テるだケだしなぁ。オラ達みたいに、ほのちゃんを見守っテるんじゃぁネェか?]
[んー……確かに、サブロの言う通り、あぶねえ野郎ならなんとかしてとっちめてやりたいけどなぁ。ジロの言う通り、オイラ達と同じほのかを見守っているってんなら、そっとしとくのもなぁ。うーん……]
 弟達の言葉を聞いて、タロは腕を組んで考え込んでしまった。ジロがそっと櫛から顔を出して不審者の様子を伺うと、突然慌てて近付こうとする素振りを見せた。
[あ‼ タロ兄ちゃん、アイツこっち来るよぉ?]
[な、なに!?]
 タロが櫛から顔を出そうとする前に、ほのかの方を見ていたサブロが慌てて櫛から飛び出した。
[ほのちゃん、危ない‼]
 瞬間、タロとジロの視界がガクンと揺れた。サブロが櫛を飛び出して大きな両手を広げて身体を回すと、強い風を起こして傾いたほのかの身体を支えた。タロとジロが不審者に気を取られている隙に、ほのかが転びそうな所をサブロが助けたのだ。
「わ……あれ?」
 本当に一瞬のことで、ほのかは自分でバランスが崩れた事にも気付かないみたいだ。キョトンとしながら夕焼けに照らされた櫛を見ると、鎌鼬が一匹足りない様に見えた。
「あれあれ? いーち、にぃ……」
[さん!]
 ゆっくりとほのかが数える隙に、サブロがつむじ風を起こして慌てて櫛に入り込む。三匹目の鎌鼬が居る事を確認したほのかは、気を取り直して歩き始める。
[良かったー! ねぇねぇ兄ちゃん、ボクのつむじ風見た!?]
[おーおー‼ やっと出来たなーサブロー‼]
 サブロともみくちゃになって喜ぶタロと、混ざろうと思いながらも、胴を伸ばして櫛の外を確認するジロ。ジロが見たのは、代わりに派手に転んで周りの人に心配される不審者が、マスクを外した表情だった。
 ほのかそっくりの目鼻立ちに、困った時に手をモジモジとさせる仕草。頭を勢い良く下げる様子に、ジロは[おぉ? あのおじちゃん、ほのちゃんにそっくりだなぁ]と、合点がいった様に頷いた。
[タロ兄ちゃん、サブロぉ。どぉやらぁ危ないおじちゃんは、もう居ないみテェだぁ]
[ホント~! 良かったねぇタロ兄ちゃん]
[おう! サブロもほのかも、ずっと見張ってくれたジロも偉いぞ! 凄いぞ‼]
 タロはジロの胴を引っ張ると、サブロと同じ様にもみくちゃにして喜んだ。ジロは慣れない弟扱いに照れくさそうに笑いながら、サブロと同じ様にされるがままになっている。
 ほのかは、自分の体温なのか分からないが、ほっこりした櫛をもう一度見つめると、はや足で家に向かった。真っ直ぐ向かった先の集合住宅前で、腹部の大きい女性が大手を振って待っている。
「ほのー! 穂香ー‼」
「おかぁさーん! ただいまぁ」
 ほのかはバッグから少し草臥れた向日葵を取り出すと、櫛と一緒に両手を振って全速力で走った。


――中華風の豪華な装飾。木製の櫛の香りに混ざって、花のお香も焚かれている。ここ解通易堂では、今年も沢山の焦がし櫛が、お客様との出会いを心待ちにしている。中には既にお客様と出会えた櫛もあり、もう解通易堂から出て行ってしまった櫛もある。
 可愛らしい少女が迷い込んでから数日後。解通易堂に、一組の親子が訪れた。
「あの~……ごめんください」
 猫背の中年男性が、がらんとした店内に向かって声をかける。すると、帳場の奥から眉目秀麗な青年が現れた。清涼な空色のアオザイを身に着けているが、肩から袖までが透けている特殊なデザインになっていて、男性が思わず凝視する。青年は丸眼鏡の奥で穏やかに微笑むと、
「ようこそ、いらっしゃいました……解通易堂の、泉と申します」
 と言って、ゆっくりと頭を下げた。泉の視線の先に、ほのかが男性の真後ろからちらりとだけ顔を出している。泉が優しく微笑みかけてから頭を上げると、男性は申し訳なさそうに謝り始めた。
「どうも、穂香の父です。この度は、お店の大切な商品を無償で受け取ってしまって、申し訳ありません」
 父親と名乗った男性の額には小さな絆創膏が貼って有り、汗が染みるのか謝罪の緊張か、頻りにハンカチで周辺を拭っている。
「実は、あの日、娘の初めてのおつかいだったんですけど……勝手ながら私が後ろから見守っていたんです。ですが、八百屋さんに行く途中で、突然娘を見失ってしまって……直ぐに大通りで見付けたので、何も無いと思っていたのですが、帰ってきたらこれを持っていました。娘に聞いたら、この店に出入りしていたと……帰りも、不自然な突風に煽られて、良い歳して派手に転んで見失って……本当に、なんの為に私が後を着けていたのか……店の名前は娘が覚えていたのですが、場所が分からず、返すのが遅れてしまって、本当に申し訳ありません。申し訳ありません!」
 父親は早口でまくし立てると「ほの、渡して」と、手で娘を軽く押した。明るくお喋りだったほのかの面影は無く、無口で照れ屋な少女はゆっくりと両手で握っていた鎌鼬の櫛を泉に返却した。
「……ごめんなさい」
 泣きそうなほのかから受け取った櫛は、ラップを何重にも巻かれた上に、ビニールのジッパー袋でギュウギュウに梱包されてある。
[んむむむー‼]
[みゅぅみゅぅ]
[ぴゃぁああぁ~‼ んみゅいみゃあぁ~‼]
 櫛の中にいる三兄弟はどうやって出れば良いか分からず、最初に出会った妖怪の群れに囚われた時と同じ様に、三位一体が絡まってもみくちゃな状態になっていた。
「お品物はお返しします! 損害代も、お支払いします。どうか、大事にしないでください。どうか……‼」
「これは、これは……お父様、一旦落ち着いてください……」
 泉は謝り続ける父親の肩を優しく撫でると、丁寧に保存してある櫛を解放して状態を確かめた。
瞬間、三兄弟が勢い良く飛び出して、泉に矢継ぎ早に話しかけてくる。
[イズミサマ! さっき呼んだの聞こえた? ボクねぇ、つむじ風起こせるようになったんだぁ~!]
[オラ達、転んデも櫛を離さなかったほのちゃんとぉ、このまま一緒に居テェなぁ]
[ジロもサブロもうるせえ! オイラがまとめて話す!]
 タロは両前足を鎌にして飛び出す弟達を威嚇すると、泉に向かって父親と同じ様に頭を下げた。
[イズミサマ! オイラたち、櫛を大事にしてくれるニンゲンと同じ時間を過ごしたい! 見守って、時に助けるのが、オイラ達の『お役目』だと思うんだ。どうか、このまま櫛にいさせてくれ‼]
 三兄弟が頭を下げると、泉は「ほう……」と指を顎に当てる。にっこりと微笑んで彼等を櫛に優しく戻すと、父親に帳場の棚に置かれた花瓶を指さした。花瓶にはこの季節の道端や公園に咲いている、白や薄桃色の花びらをめいっぱい広げた野花が活けられてあり、背景の彩になっている。
「お父様……実は、もうほのか様から……櫛のお代を、いただいております。ですので、これはもう、ほのか様の櫛……なのです」
「そんなっ……!」
 泉の顔を見ながら更に何か言おうとした父親に、三兄弟は一斉に声をあげた。
[[[ほのちゃんと、一緒にいさせてくれぇい‼]]]
 勿論、父親にもほのかにも、三兄弟の姿は見えない。しかし、彼等が発した突風にハッとなって、思わず親子で目を合わせる。
「……これ、いたくない、かぜ……」
 ほのかが一言だけ呟くと、父親も娘が転びそうになった時の不自然な風を思い出したらしく、大きく頷いて、泉から櫛を受け取った。
「……すみません。ご厚意に甘えさせていただきます」
「はい。その方が、きっと……櫛も喜ぶと、思います」
 泉は父親に向かって微笑むと、ほのかに向かって片目を瞑って合図する。お守りが返って来ると気付いたほのかは、ようやく父親の後ろから飛び出した。
「おまもり、もってていいの? やったぁー!」
[[[イェーイ‼]]]
 はしゃぐ娘を見てホッとした父親は、泉に向かって小声で話しかけてくる。
「あの……せめて、家内の櫛を、買わせてはいただけませんか? 娘がこれを手にしていた時、手入れの届いていない家内の髪に気付きまして……」
「ええ、勿論……ここは櫛の店『解通易堂』です……どんな櫛でも、取り揃えて……おりますよ」
 こうして、解通易堂からまた一枚、櫛とお客様の出会いから物語が始まる――

【完】

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