見出し画像

不登校先生 (66)

5時間目いっぱい体育館で、消防士さんの講習があるということで、

子どもたちのいない間に、校舎をゆっくり見学することができた。

石造りの階段、色落ちした窓枠、古くても丁寧に掃除がされているので、

廊下も窓もピカピカだ。すっかり小さく感じる校舎の中を、

一つずつ見て回ると、しずさんも、いつさんも、懐かしがってくれていた。

子ども達の名字には、僕が子どもの時に聞き覚えのある姓がちらほらと。

しずさんがいうには、学校存続のために、しずさんと同じ志で、

校区に帰ってきて子育てして住んでいる、僕ら世代のお父さんお母さんが

結構いるとのことで、学校に来るまでに通ってきた校区を限界集落のよう、

と思ってしまったことを、後悔し、恥じる気持ちになった。

もはや隅々まで手が回らなくとも、住民が減って耕作放棄地が増えても、

数年前に廃校候補になっても、自分たちの故郷を、母校を残していきたい。

そういった強い郷土愛で、人生をかけている同い年のしずさんに。

しずさんと同じ気持ちで戻ってきた人たちに。

尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

校舎の一階の端は、学童保育所に改築されていて、

校区外からの投稿も許可される特別指定校の状態にするために、

空いた教室を、しずさんたち保護者も総出で

学童保育所にリノベーションしたとのことだった。

つくづく頭が下がる。故郷を思い行動に移せる人たちの実績があって、

今日僕は、廃校になっていない母校に帰ってくることができたのだな。

改めてありがたい。そう感じた。

学校を訪問させてもらって、しずさんといつさんと別れた後向かったのは

今では鹿児島県内でも有名になっている

学校の前に昔からあるお肉屋さんの唐揚げだ。

片栗粉を衣にして、甘めのしょうゆだれに漬け込んだ大ぶりの鶏肉を、

柔らかでジューシーにジューシーに揚げて出来る唐揚げは、

毎度ここまで足を運ぶと、必ず口にしたくなる一品。

一個60円、あげてもらったら70円。

大きさとうまさを鑑みれば、安すぎるくらいの値段の唐揚げを、

たけっさんの家族と一緒に食べるお土産に20個買って、

あと一つの用事を済ませに車に乗り込む。

向かう先は父方の家のお墓のある集合墓地だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

雨が降る中で集合墓地につくと、お墓前の坂には、だいぶ苔が生していて、

短い坂だけど、たけっさんと二人、あくせく滑りながら坂を上る。

砂利の敷き詰められた集合墓地は、一つ一つが納骨部屋になっていて、

家ごとに仕切りで別れている。実家の墓の前に行くと、

枯れないように造花で供えられた花と、お茶と水が置いてあった。

壁を見ると、祖父の名前はまだ刻まれておらず、

墓主の名前も祖父のままだった。生きていれば101歳になる祖父だが、

まだ生きているのだろうか。生きていてほしいなと思いながら、

墓をあとにした。

帰りの車の中で、妹に電話をかける。

「じいちゃん生きていると思う状態だったよ。」

妹も喜ぶ。

「けど、実家はもう誰も人が住んでいないような様子だったね。」

安否も気になるが、今や連絡する手立てもない。

両親の離婚によって、縁のきれた故郷は、

30年の時間を経て、当時の同級生たちとのつながりの中で、

再び縁がつながって、僕は、改めて、

自分がこの母校で過ごした時に、小学校の先生になりたいと思ったんだ、

その思いを、思い出すことができた。

友に、母校にまた一つ、先生になりたい自分の欠片を

取り戻させてもらったと思った。

↓次話





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?