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とかげと兵隊さん

 砂漠の真ん中の小さな小屋に若い兵隊さんが一人で住んでいました。
 兵隊さんの仕事は小屋の横の見張り台から国境を見張ることです。
 となりの国から侵入しようとする人がいたら警報を鳴らしてやめさせなくてはなりません。
 もともととなりの国は兵隊さんの国と同じ国だったので、本当は兵隊さんもそんなことはしたくないのですが、仕事なので仕方ありません。
「つらい仕事だなぁ。貧しくて仕事を求めてやってくる人を本当は助けたいのに追い払わなくてはいけないなんて」
 そんな思いを抱えながら、兵隊さんは遠くに人影が見えると警報を鳴らすのでした。
 クワーン、クワーンとものすごく大きな警報の音は、すぐにでも大勢の軍隊が出てきそうなほど迫力がありました。
 大抵その音で何人かの人影は来た道を引き返すのでした。
「故郷へ帰ったら畑でたくさんの野菜を作ろう。釣りにも行きたいし、近所の人たちとダンスパーティーもしたい」
 毎晩寝袋の中で、兵隊さんは故郷へ帰ってからの楽しみを頭に描いては眠りにつくのでした。
 じつは、畑仕事も釣りも近所の人とのダンスパーティーもここに来るまではふつうにしていたことでした。
 そんなことがどれほど幸せなことだったか。
 故郷にいたころ兵隊さんはまったく気がつきませんでした。
「しかし任期もあと10日だ」
 2週間に一回、ヘリコプターから食料品と日用品を落とされるだけで、無線以外、外との交流のない半年間は想像以上に辛く寂しいものでした。
 わずかに心をなぐさめてくれるのは、とかげやカメレオンやヘビなど、砂漠に住む小さな生き物たちでした。兵隊さんはそんな生き物たちを見かけると、巣穴の横に自分のわずかな食糧を分けて置いてあげるのでした。
 兵隊さんはそんな日々を耐えた自分をほめてあげたいと思いました。
 
 ある夜のこと、トントンとドアを小さくたたく音がしました。
「こんな道も通っていない砂漠の真ん中でたずねてくる人がいるなんて」
 信じられない気持ちで兵隊さんはドアを開けるとそこには一匹のトカゲが立っていました。
「こんばんは。兵隊さん」
 兵隊さんはギョッとしました。
 これまで砂漠で暮らす小さな生き物はたくさん見てきましたが、話すトカゲにあったのは初めてです。
「こんばんは」
 とりあえずそうあいさつを返しました。
「夜分にとつぜんたずねてきてすみません」
 ずいぶん礼儀正しいとかげだなと兵隊さんは思いました。
「私はこう見えても砂漠に住む妖精なんです」
「え?妖精って羽をもった小人みたいな?」
「ま、そんな仲間もいますがね。とかげの姿をした妖精だっているんです。」
 そうなのか?
 あまり妖精のイメージと違うと言い張ってはとかげを傷つけてしまいそうなので
「そうなんだ」
と兵隊さんは話を落ち着かせることにしました。
「ところで何の用?」
 兵隊さんはかがみこんでとかげに聞きました。
「じつは、もうじき兵隊さんが故郷に帰られるということなんでプレゼントを持ってきたんです」
 さすが妖精。何でもお見通しなんだな。
 とかげはするすると紐をたぐりよせると、小さなそりの上にのった箱があらわれました。
「これはわたしたち砂漠の仲間からの贈り物です。あなたが毎日まじめに見張りを続けてくれたおかげで平和に暮らせましたから」。
「こんな見わたす限り砂しかないところで、、、いや失礼。とにかく砂漠ではいつも平和だろう?」
「いやいや、国が兵隊さんを派遣するまではいろいろあったんです。どこかの会社が石油が出ないかと土を掘り始めたり、また何かわけのわからない実験を始めたり。土の中にある私たちの家が壊されて住めなくなるんじゃないかとヒヤヒヤしたものですよ」
「いやでもぼくは命令にしたがっただけで、、、」
「それでも、結果、私たちが静かで幸せに暮らせたことに変わりはありません。ありがとうございました」
 兵隊さんはとても気が軽くなりました。とかげの言葉は、何か悪いことをしているようで気が重かった兵隊さんの毎日に光を投げかけてくれたように感じました。
 どうぞ、と言ってトカゲは箱を差し出しました。とかげの手は短くて、小さな箱でも持つのがやっとでした。
「ありがとう。そういうことだったらありがたくいただくよ」
 兵隊さんは素直に箱を受け取って開けてみました。
 そこには2つの銀の指輪が入っていました。
「それは兵隊さんが幸せになるための指輪です。それを2つはめて故郷に帰ると、兵隊さんにお似合いの優しい女性と出会って平凡だけと幸せな人生を送れるでしょう」
「それはうれしいね。平凡なことは何よりだからね」
 兵隊さんはさっそく太い方の指輪を左手にはめてみました。指輪は兵隊さんの指にピッタリでした。細い方は小指にはめておくことにしました。
「何もお返しがなくて悪いね」
「いいんですよ。じつは兵隊さんがラジオ体操をしたり、大声で歌ったりするのを遠くから見てるだけでも結構楽しかったんですよ」
 とかげはウインクをすると帰って行きました。
 翌朝は早く目が覚めました。
いい夢を見終わったようなよい目覚めでした。
 とかげが夢に出てくる夢なんて珍しいな。人生初かも、と兵隊さんは思いました。
 ふと、いつもと違う左手の指の感触に気が付き、窓から差し込んでいる朝日にかざしてみました。
 もちろんそこにはキラキラ光る2つの指輪がはまっていました。



 
 

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