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チンヂラ対デスヤマビスカーチャ

もちもちとやわらかなチンチラねずみがスカイツリーのアンテナの先を夢中で齧っている。短い前足はしっかりと展望回廊を掴んで離さない。
真っ白な毛並みはくらげのように透け、スカイツリーの淡い青の光を受けて輝いている。黒毛の耳が深い紺色の空に溶けていた。長いしっぽをゆらめかせるパイドカラーのチンチラ。

帰路を急ぐ人々はだれも美しいチンチラの姿を見てはいない。今はまだ見えていない。

空を通過するジェット機の音にパイドのチンチラは耳を立て、ぢゅゔ!と警戒鳴きをした。何人かが立ち止まり不思議そうに当たりを見回している。

「チーチ。時間がない」
俺は肩から下げたキャリーケースに呼びかけた。ドーム状の窓から外を興味ぶかげに眺める灰色のチンチラ。俺のチーチ。お前にも見えるだろう?俺が眠りを忘れ、脳の機能のほとんどを使って生み出す、触れば柔らかだが指を差し出せば血が出るまで噛んでくる形ある幻。

この墨田区に同じことをしている奴がいる。驚くべき脳の処理能力であのパイドのチンチラを実体化させようとしている奴がいる。止めなくてはならない。俺は回らない頭で必死に考えてここに来た。

チンチラはかわいい。大きくても小さくてもかわいい。だが大きいほどかわいいとは言えない。大は小を兼ねるという雑な考えは捨てなくてはならない。
あの巨大なチンチラが実体持った時、街はめちゃくちゃになる。この街の明かりの下でいったい何匹のチンチラが暮らしていると思っているのだ?

俺を見上げるチーチの姿が揺らいだ。ひどい眠気にこらえ、あてもないが歩くしかない。

「待てぃ!待てぃ!」
チーチがぢゅっ!と鳴く。ぼろぼろの袈裟をまとった男が路地から転がり出て錆びた錫杖を打ち鳴らした。
「モルモル、デグーにチンチラ、ビスカーチャ。汝、どのネズミが好きか?」
「おれは……」
「わしはヤマビスカーチャだ!!」

つづく

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