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父親の役割と母親の役割から考える、わが家のジェンダー教育

父の日に息子が保育園で書いてきてくれたメッセージカード。そこに書かれていたのは、「おとうさん、いつもごはんつくってくれたり、おそうじしてくれたりしてしてありがとう」という言葉。

他の子たちは、「おとうさん、いつもおしごとしてくれてありがとう」とか書いてたのかな?と思うと、わが家の息子たちは、お友だちと違うことを書くことに対してどういう気持ちだったんだろう、とか考えてしまった。

わが家では妻が外で仕事をしてお金を稼ぎ、父親である私は主に家事などの家の中の事を担っている。外で働くのは月に数回のパート勤務のみ。そのため、ご飯を作ったり掃除をしたりするのは必然的に私の役割。

長男は小学生になり、お友だちの家に遊びに行ったりするようになったが、やはり大多数はお母さんがご飯を作ったり掃除をしたりしていることが多いんじゃないかな?と思うと、息子はそれを見てどう感じているんだろう。
自分の親は、友だちの親とちょっと違う、なんて思ったりしてるんだろうか?
ほとんどの友だちは、お母さんがご飯を作ったり掃除をしたりしているのに、なんで自分の家ではお父さんがご飯作ったり掃除したりしてるんだろう?なんて思ったりしてるんだろうか?

息子たちが父の日にメッセージカードに書いてくれた「おとうさん、いつもごはんをつくってくれたり、おそうじしてくれたりしてありがとう」という言葉を見て、息子たちのことがとても誇らしく感じた。

お父さんは外で仕事をして、お母さんは家事するもの、なんて決まってない。
その家庭に合った、お父さんとお母さんのいろんな役割があるはず。
お父さんは家で家事をして、お母さんは外で仕事をしている。そんな私たちの姿を子どもたちに見せる事が、わが家のジェンダー教育だと思っているのです。

そんな事を考えていた時、頭の中で流れていた曲は、Half time oldの「みんな自由だ」。
みんな自由だ!

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