小さく早く産んだ娘との初対面
産後翌日、一番にしたかったことは娘に会うことでした。
出産前に出た私の出血が多く貧血になっていたこともあり、会えたのはその日の午後になりました。
小さな娘を安全に取り出すために、私のお腹はおへその下から大きく縦に切られていました。
お腹の辺りから下半身にかけて、痛いし力は入らないし、MFのスタッフの方に励まされながら、長い時間をかけて車椅子に移動しました。
でも自分のお腹の痛みよりも、私の意識を支配していたのは、娘のことでした。
早く産んでしまったお詫びの気持ち、今どうなの?痛くない?怖くない?つらくない?
心配で心配で愛おしくて愛おしくて。
会いたい気持ちと会うのが怖い気持ち。
車椅子を押してくれるスタッフの方の、「ようやく会えますね、楽しみですね」という丁寧で優しい対応に寄りかかるように、ゆっくりとNICUに待つ娘の所へ近づいていきました。
丁寧に手を洗い、マスクをして、中へ。
赤黒くて小さな子が、保育器の中でくるんと丸く、小動物のようにありました。
私のお腹の中につい昨日までいて、今は目の前にいる。
感動よりもごめんねでした。
小さな全身が、呼吸とともに、膨らんだり静まったりを繰り返していました。
一生懸命に生きてくれている娘。
会えて嬉しいけど、本当はまだ会えたらいけなかった。
ごめんね。お腹の中にくるんであげたい。
じっとじっと見つめました。
会えてたまらなく嬉しくて、抱きしめて泣いてしまいたい。
でも保育器に入った娘が遠く、何もしてあげられずに、ただ見つめていることがつらくて、間もなくその場を離れました。
初めての面会は、言葉少なく、短い時間で終わりました。
その晩、夜勤のスタッフの方がこられてきかれました。
「母乳にされますか?それとも粉ミルク?」
それは緊急の帝王切開手術の衝撃で、心も体も出産時で止まっていた私を、今と未来に気付かせてくれる言葉でした。
母乳!そうか、私は娘にごめんねって謝ってばかりで、早く産んだことにひきずられてたけど、これからできること。してあげられることがあるんだ。
真っ暗だった自分の中に、光が差し込んだようでした。
「母乳します!」
「よし、じゃあ今晩からしぼっていきましょう」
スタッフの方が優しく言ってくれました。
でも実際は、ここから眠気と体力との戦いが始まりました。
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最近になって知りましたが、早産で出産となった場合には、必要量の「母乳」をお母さんがあげられない場合もありますし、全てのお母さんが、出産直後から充分な母乳が出るわけではありません。
そのような場合に、たくさんの母乳が出るお母さんから、母乳を「寄付」していただき、「母乳」を必要とする新生児に提供する「母乳バンク」という制度があるそうです。
母乳は赤ちゃん、特に新生児にとっては「完全食品」です。
母乳で苦しむお母さんが減るといいですね。
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