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インドは旅行じゃないよ。冒険だよ。 21.うるるん旅行記(ネパール編)

僕たちは日の出とともに起き、冷たい井戸水で顔を洗い、ダルカレーの朝食を食べて散歩に出かける。

まだ朝霧がかかった段々畑の中を歩く。
霧の中にぼんやり浮かんだ太陽に手を合わせる
頭の中に、ブルガリアンボイスが鳴り響く。

僕はこの民族音楽が大好きだ。
発祥は、農家の主婦たちが、農作業の辛さを克服するために歌い始めたという。
今でもこの民謡は歌い継がれ、農作業をしている一人の主婦が歌い始めると、二重奏、三重奏と重なり合い共鳴するのだと言う。

僕は以前、この曲を体感したくて、そのためにだけ弟の嫁さんの実家(九州)に行き、茶摘みを手伝ったことがある。
早朝、デカいウーハー付きのラジカセでこの曲をかけながら茶摘みをしたw
最初は笑っていた地元の人たちも、徐々にその神秘さに魅せられて、最後は厳粛な空気になってしまった(゚∀゚;) 
「今日の仕事は楽しかったよ、ありがとね」
みんなから礼を言われ、嬉しかった。


「ナマステ」
「ナマステ!」
逢う人、一人ずつ挨拶を交わす。
もう僕たちを知らない人はいない。

村のオバサンが手招きしている。
行ってみると、コップに白い液体が。山羊乳だ。
牛乳でさえ飲めないのに、僕は飲めない。
奥さんが見ごとに飲み干した。
美味しいらしい・・・・。

デポックの伯父さんの家の前を通った。
相変わらず、伯父さんは軒の下にしゃがんで座り、煙草をふかしている。
村の男は大抵そうだ。
時々集まって井戸端会議をする。
働くのは女性だ。農作業、水汲み、薪拾い・・・。

僕が余り言えることではないが、いい加減に働け!ヽ(`Д´)ノ

伯父さんに日本の煙草マイルドセブンを上げる。
大喜びだ。
日本の煙草は他の煙草と違い、しっとりしていて繊細なのだ。
ボロワーズ、ラッキーストライク、ゲルべゾルテ・・・名ばかり通って、パサパサで不味い。

インドやネパールの煙草は・・・クソ不味いww
ほんと、吸ってられないw
路上販売のたばこ屋は、一本いくらで売っている。
ひと箱買うのは、余程の金持ちだ。

インドは更に噛み煙草が主流だ。
どこでもいつでもペッペッと赤い唾を吐く。
赤い色は、香辛料の色だ。タバコにもマサラは存在する。
それが道路一面に落ちていて、牛の糞より始末が悪い。
舗装道路が少ないので埃が立ちやすく、それで唾を吐くのもあるのだが、目の前で吐かれるとムッとするw

そして昼からは、診察開始だ(ノД`)
風邪が流行っていたのか、殆どが風邪の症状だ。
持っていた日本の風邪薬を半分にして飲ませる。
それで大抵は治るようだ。

一応、村の何でも屋でも薬は売っている。
しかし村人にとっては高価でとても買えない。
僕は最後の日に、持っていた薬を全部置いてきた。
デポックに用法容量を伝えて渡した。

こんな感じでネパールの山奥の村の一日は終わる。
いや、最後の大宴会を忘れていた。
これは毎晩続いた。毎日、人が増えているような気がする・・・。

そして六日目、僕に異変が起こった。
朝、起き上がれないのだ。
だるくてだるくて身体が重く、起き上がる気力さえ出なくなった。

奥さんは僕の身体を拭こうとして悲鳴を上げた。
身体中、赤い斑点が付いていたのだ。

デポックに言うと、「それはダニかシラミだね」と軽く言う・・・・。
暇な奥さんが数を数える。200以上あったらしい。

天井のガサガサコソコソというシロアリの音を聞いていると、余計に辛くなる。
デポックは栄養不足だと言って、卵料理をいっぱい出してくれた。
そして最後に、僕のために潰した鶏肉を出してくれた。
良かった・・・ユキちゃんじゃなくて・・・・。

翌日は熱も出てきて、急遽下山することになった。
だるい身体を起こして荷物をまとめ、デポックの家を出る。

その時、デポックのお母さんが僕と奥さんの手を取り、泣いてくれた(TДT)
彼の弟も泣いている。
ユキちゃんも鳴いてくれた。ンメエ~~~~

何でも屋の前のバス停で腰掛ける。
と、ぞろぞろと人が集まって来る。
みんな目がウルウルだ。

僕は無理やり元気を絞り出して声を上げた。
「よし! じゃあ記念撮影するぞ!」

僕の周りに集まる村人。
気が付くと、村の殆どの人が集まってくれていた。

大騒ぎの記念撮影・・・彼らは写真と言うものを撮ることがない。だから非常に貴重な体験なのだ・・・も終わり、デポックに必ず贈ると約束した。

やがてバスが来る。
振り向くと、みんな泣いている。
奥さんが耐え切れず泣き出した。
必死で我慢していた僕もとうとう泣いてしまった。

村人一人一人と抱擁する。
奥さんとデポックのお母さんとの号泣は、みんなの涙を誘った。
彼女は僕の奥さんを本当の娘のように思っていたらしいのだ。
奥さんが台所を手伝ったことが、よほど嬉しかったらしい。

バスに乗り込んでも尚、お母さんだけは泣き崩れていた。
残るデポックがお母さんを抱きしめていた。

綴れ織りの道を下って行くバスに、いつまでもいつまでも手を振る村の人たち。
その時、僕は声を出して泣いた。
その肩を奥さんがそっと抱き締めてくれていた・・・・。

シャイな村人はカメラの後ろに。この笑顔がやがて涙で曇る・・・

聖都カトマンズ・・・ホテルに入った僕は、そこで倒れた。
全く動けなくなったのだ。
熱は引いたが、手を上げることさえ出来ない。

ホテルの白い天井にひびが入っている。
そのひびを見ながら、僕は死を覚悟していた。
ガンジス河で死にかけた時と同じ、いやそれ以上の・・・死が迫っていた。
僕ははっきりと死の影を見たのだ。
インドの安ホテルで死亡・・・そんな週刊誌の表紙みたいなものが見えた。

あの時と同じだ。
僕はまた仏陀になった。
この世の全ての罪を許した。
嘘も裏切りも悪意でさえも死に比べれば、なんてことない。

「楽しかった。今までありがとう」
奥さんに精一杯力を振り絞って囁いた。

すると奥さんは突然走り出し、部屋を飛び出した。

どのくらい経ったのだろう。
目を覚ますと、僕はまだ生きていた。

そこへ奥さんが手に何かを持って帰ってきた。
「目を開けて! ほらオニオンスープ買ってきたわよ! 頼むから起きて! 口を開けなさい!」
泣きながら奥さんが叫んでいる。

見ると、手にビニール袋に入った黄金色のスープが。
ストローを刺して吸わせようとするが、吸う力がもうない。
奥さんは、自分で口に含み、それを僕に口移しで飲ませた。
命の口づけだ。

ゴクゴク・・・喉仏が動き、僕はそれを飲み込んだ。
奥さんは時間をかけ、少しずつ、全てを僕に飲ませた。

「美味しかったよ」
「元気出た? もう一回買ってこようか?」
力なく首を振る僕。

そこで奥さんは声を出した。
「あっ! 声が出てる! それに首も振れたよ」
奥さんは何か思いついたらしく、リュックをガサゴソやって何かを取り出した。
手には瓶に入った栄養剤が。
「ポポンエス・・・これだけは取っておいたの。疲れた時に飲もうと思って。これ飲んで」

水と一緒に口移しでそれを飲んだ。
そしてまた眠りに就いた僕。


数時間後、僕は奥さんにもたれるようにベッドに座っていた。
「栄養不足だったのよ。結局」
「そうだね。思った以上に疲れてたし、血を吸われ過ぎて貧血も起こしてたみたいだ」
「ふふ・・・さすが魔法のオニオンスープね」
「でもよく買ってこれたね。言葉も話せないのに」
「必死よ。ビニール袋を二重にして、オニオンスープを少し冷ましてから入れたの」
「ありがとう。命の恩人だね」
「私がいなきゃ、もう何度死んでたか判らないわよ」

彼女は僕の命の恩人、救いの女神だ。
彼女を粗末にすると、本当に罰が当たるような気がする・・・・。


僕を救ってくれた女神に捧ぐ。愛をこめて。



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