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お義母さん、僕の子供を産んでください No.12 揺蕩う心

ちゃぷん ちゃぷん・・・
岸にもやいだ小舟に、小さな波が打ち寄せる。
月がゆらゆら揺れている。
あなたの笑顔もゆらゆら揺れる。

まるで満月の透明な明かりに包まれているかのような、あなたの腕の中。
静かで優しくて暖かい。
ずっとこうしていられたら・・・
叶わぬ夢を見てしまう。

彼は、おやすみのキスをして微笑んだ。
一瞬、泣きそうになってぐっとこらえた。
「おやすみ」
私は黙って頷いた。
言葉に出すと、泣いてしまいそうだから。

ドアが閉まると同時に、私の頬を一筋の涙が流れる。
これ以上、好きになってはいけない・・・
そう何度も自分に言い聞かせる。
これ以上・・・
このままで・・・・

月が隠れた暗い部屋に、熱い溜息ひとつ。
今夜はもうシャワーはやめにしよう。
彼の残り香に包まれたまま眠りたい。



「お早う」
眠そうに目をこすりながらキッチンに入ってきた彼に、私は言った。
「お早うございます、お義母さん」

お義母さん、社長、真由美・・・
彼に呼ばれるたび、戸惑ってしまう。
私のリアクションが変わってしまうからだ。
やっぱり、真由美と呼ばれるのが一番好き・・・。

冷蔵庫を開けて物色する彼。
「何を探しているの? 言ってくれれば出して上げるわよ」
「朝は忙しいのに悪いですよ」
「ここにいられると邪魔なの」
「はいはい、すぐ出て行きます。えっとコップは・・・」
「はい、これ。入れてあげるから、あっちで座っていて」
彼は私にアイスコーヒーのボトルを渡す瞬間、頬にキスをした。

「何するのよ⁉ 見られたらどう・・・」
「見てないよ、真由美」
彼は私の腰に手を回し、抱き寄せて唇を重ねた。
一瞬、身体中の力が抜けそうになって、慌てて彼の胸に手を着いた。
「ごめん。真由美があんまり可愛すぎたから」
「な、何を言っているのよ。早くあっち行って」

ドキドキドキ・・・
胸が高鳴り、頬が熱い。
ダメだ、嬉しくて笑顔を隠せない。
この反応を抑えることが出来ない。
私は深呼吸をして気持ちを立て直した。

アイスコーヒーを淹れ、リビングのソファーまで持って行く。
少し手前で立ち止まる。
「?」不思議そうに顔を上げる彼。
私は彼の目を見ながら首を横に振る。
ダメよ・・・何もしないで・・・
ニヤニヤと彼が笑う。
何かするつもりだ。
私はコップを彼の前には置かず、テーブルの端に置いた。
「そんなに警戒しなくても」
彼は楽しそうに笑う。
「あははは・・・真由美、かわ・・・」
「わーわーわー」
私は大きな声を出しながら耳を塞いだ。
彼の「可愛い」と言う言葉に対する免疫が、いつまで経っても出来ない。
「あはははは・・・・」
口惜しいが、可愛いと言われて赤くなっているよりはマシだ。


「どうしたの? 楽しそうね、二人とも」
娘の佳代子が起きて来た。
「お義母さんがね・・・」
「タカシさん、何を言うつもり?! いい加減にしなさいよ」
私は少し慌てた。
「何何何?!」
身を乗り出す娘。

「お義母さんがほら、そんなテーブルの端にコップを置くんだよ」
「ほんとだ。どこに置いてるのよ、お母さん⁉」
娘もそう言って笑った。
「お母さん、時々変なことするのよ。でもそこが可愛いでしょ!?」
「そうだね」
「何を言っているのよ⁉ 大人をからかわないで」

「二人を見てると、まるで夫婦みたい。お似合いよ」
娘が平然と言った。
「な⁉ 佳代子、何を言うの?!」
「妬けちゃうわ」
「佳代子・・・・」
「でもいいの。相手がお母さんだからいいの。私のことさえ忘れてくれなければ・・・」
「佳代子! いい加減にしなさい。忘れるわけないでしょ!? あなたのためにやっているんだから!」
「そうだよ、佳代子。佳代子が辛いなら辞めるよ」
「ダメ! 続けて! お願い! 私、子供が欲しいの! あなたとお母さんの子供が!」
娘は目をウルウルさせながら嘆願した。

「佳代子、分かった。もういいから泣かないで。佳代子の気持ちを一番に考えているよ、いつでも。忘れるわけないよ」
「そうよ、あなたが一番なの。私の大切な宝物なの。だからもう泣かないで」

「じゃあさ、二人とも、もっと仲良くなってくれる⁉」
「え⁉」
「へ⁉」
「もっと好きになって欲しいの。それで本当に愛し合って欲しいの」
「佳代子・・・何を言っているか判ってるの?」
「ええ、分かってるわ。二人には本当の夫婦になって子供を作って欲しいの。愛情がいっぱい詰まった子供を」

私と彼は言葉を失った。
まさかここまで思い詰めているとは思わなかったのだ。

「佳代子の子供が欲しい気持ちは分かったよ。でも、僕は佳代子が好きだ。愛してる。佳代子のことも抱きたいんだ」
心臓をぎゅっとつかまれたような息苦しさを感じた。
分っていたことだけど、私のいる所で言わなくてもいいじゃない・・・。

「ごめん、タカシ・・・私もタカシに抱かれたいけど、我慢して。子供が出来るまで。お願い。お母さんを私だと思って」
「何言ってるの⁉ ダメよ、佳代子。そんなのおかしいわ。夫婦だもの、愛し合わなきゃダメよ。たまにはタカシさんを受け入れて上げて。タカシさんが好きなのは、あなたなんだから」
言っておきながら、胸を寂しさがすり抜ける。

「じゃあ、夫婦になればいいじゃない。私がいない時は、お母さんがタカシの奥さんになってよ」
「佳代子・・・・!?!」
私は言葉を失った。

「タカシはどうなの? 私のお願い、聞いてくれるわよね⁉」
「分かったよ。言う通りにするよ」
こんな重要なことを彼はあっさりと受け入れてしまった。

「タカシさん! 待ってよ、佳代子、お母さん、そんなこと・・・」
「いいじゃない。私が言っているんだから」
「でも・・・・」
「夫婦だったら遠慮せずに出来るでしょ!? その方が結果的に早く妊娠できると思うの。だからこれからは遠慮しなくていいのよ」

言葉がなかった。
娘の熱量が余りにも高いため、太刀打ちできない。
「子供が出来るまでの間だけ。ね!?お母さん、協力してよ」
「・・・・・」
「お母さん!」
「分かったわよ」
私は不承不承に頷いた。

最近の娘はおかしい。
仕事にのめり込んでいる。
恐らく、私と彼とのことを忘れようとしているんだわ。
遅くまで仕事をして、時にはホテルに泊まることもある。
まるで家に帰りたくないかのように。

思い詰めていないか心配だ。
本当に引き受けて良かったのか、今でも考えてしまう。
割り切れていないのは、私だけなのかも知れないが。


気まずい沈黙の中で朝食を済ませた私たち三人は、車に乗り込んだ。
車が滑り出し、助手席に乗った娘は言った。
「タカシ、これからはお母さんを今まで以上に可愛がってね」
「か、佳代子・・・!」
私は後部座席で慌てた。

「もう遠慮はいらないのよ。いつでも好きな時に抱いてあげて」
「待って、佳代子・・・」
「社長だからって遠慮しなくていいのよ。お母さんはもうタカシのモノだから、好きにしていいのよ」
私は後部座席で血圧が上がり、顔が真っ赤になるのを覚えた。

「か、か、佳代子・・・それは言い過ぎじゃないの⁉」
「だって夫婦だもの、当たり前でしょ!?」
夫婦・・・もうそれは決まったことのように言われ、私は言葉を無くした。

「うっ!」と、突然彼が運転しながら呻いた。
彼の唸り声に驚いて顔を上げた。
どうやら助手席から手を伸ばした娘が、彼の股間をつかんでいるようだ。

「こんなに硬くして! いやらしい・・・お母さんのことを想像したんでしょ!?」
「か、佳代子、お義母さんが・・・」
「あら、夫婦なんだから気にしなくていいでしょ⁉ 良かったわね、奥さんが二人も出来て」
「赤よ! タカシさん前を見て! 佳代子、やめなさい。危ないわよ」
車はつんのめるように横断歩道の手前で止まった。

「じゃあ、私はここでいいわ。デザイン事務所に寄ってゆくから」
そう言いながら彼の耳元に口を寄せた。
「うっ!」
何かを囁かれ、股間に伸びる娘の手を押さえながら彼が唸った。
「正直に言いなさいよ。こんなに硬くして。どっちなの?」
彼も娘の耳元で囁いた。

「ふふ・・・じゃあ、私、行くわ。お母さんをよろしくね」
そしてドアを開け、降りながら私に言った。
「お母さんも、ちゃんとタカシの言うことを聞くのよ。分かった⁉」
「分かったわよ。早く行きなさい。もう青よ」
娘は、最後に楽しそうに笑いながらドアを閉めた。

クラクションを鳴らされ、車は滑るように発進した。
「タカシさん、佳代子、何て言ったの?」
「え⁉ それは・・・内緒です」
彼は恥ずかしそうに言った。
「何よ? 教えてよ」
「嫌ですよ。恥ずかしい・・・・」
「あら、夫婦で隠し事はなしよ」
「お義母さん・・・本当に夫婦だと思っていいんですか?」
「え・・・それは・・・仕方ないじゃない、佳代子がそう言ったんだから」

と、彼は嬉しそうに笑いながら言った。
「本当にお義母さんが僕の奥さんになってくれるんですね!?」
「そうね・・・だから教えてよ。何て言ったの?」
「それは・・・・お義母さんを好きに出来て嬉しい?って・・・」
私はまたしても顔が赤くなるのを覚えた。

「そ、それでなんて答えたの?」
「嬉しいって・・・」
答えは分かってはいたものの、それを聞いて私は舞い上がりそうだった。
血圧が上がり過ぎてめまいしそうだ。

「お義母さんは?!」
「え?!」
「嬉しいですか?」
彼の突然の質問に、私は答えに窮した。
素直に嬉しいと言うには恥ずかしすぎる。
反対に、嫌だと言えば、彼の気持ちを傷つけてしまう。

「秘密よ。内緒」
私は名案だと思った。
しかし彼にはそうでもないようで、途端に元気がなくなった。
「ずるいですよ、お義母さんだけ」

私には立場があるのよ。
母として、社長として、義母として・・・・
言えないこともあるわ・・・・。

と、車は会社の前のパーキングエリアに停まった。
「降りないの?」
「外回りがあるので」
「そうなの・・・・じゃあ」
私がドアを開けても彼は顔も上げない。
怒っているというより、拗ねている感じだ。

「ねえ、怒らないでよ」
「怒ってませんよ」
「怒ってるじゃない・・・ごめんなさい」
「・・・・」
「分かったわ、言うわ」
それでも彼は顔を上げない。

ふう~、私は一つ大きなため息をついた。
そして
「私も嬉しいわ。あなたのモノになれて」
そう言い残してドアを閉めた。
閉める瞬間、振り向いた彼の顔に、満面の笑みが浮かんでいるのが見えた。

私は振り返らず、歩き出した。

恥ずかしさと共に、女としての歓びが胸に込み上げてくる。
彼の笑顔に、顔がにやけてしまうのを止められない。

愛する男のモノになる・・・
女にとって、それは幸せの証。


しかし、それを純粋に喜べないもう一人の私がいる。
母としての私だ。
娘の幸せのために、娘を不幸にする・・・

それはまるで永遠と続く寄せては帰す波のよう。

私は、その波に揺蕩う小舟。

なす術もなく、揺蕩う小舟。




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