自分がしたいことだから、結果に責任を持てる
昨日は、勇み足を踏んでしまいました。
「自分がやらなきゃ!」と思ってやろうとしました。
ただ義務感で、自己犠牲の精神で動いていた
しかし、自己犠牲を捧げることが、組織のためにも、自分のためにもならず、却って双方が困り、負担にもつながることを痛感。
義務感で動いてそれが実を結ばなかったとき、「あれだけ尽くしてやったのに…」と仲間を責める気持ちが浮かんできました。
その後、少し時間が経ってから、「義務感ではなく、『自分がしたいからやっている』で動いた方が、仲間も自分も困ることなく、持続的にやっていける」と気づきました。
自分がしたいことだから、結果に責任を持てる
自分がしたいからやっている。
そうした態度で取り組むからこそ、結果に責任を持てる。
結果をありのままに受け入れられる。
逆に、義務感でやると、悪い結果が出たときに「あれだけ尽くしたのに」と感じるし、良い結果が出ると「次も(自己犠牲の精神で)やらなきゃ」と感じて、いつかは限界を迎えてしまう。
では、自分がしたいことって何?
考えてみても、何も今は思い浮かばない。
今はやりたいことがなくてもいいよ
でも、やりたいことが見つからない自分を今は受け入れようとしている。
「一緒に見つけよう。自分のペースでいいからね」と声を掛ける、もう一人の自分がそこにいる。
おそらく、ダウンしてからまだ完全に回復できておらず、やりたいことを考える余裕もなかった。
それに加えて、今は、無職だしね^^;
ここは一つ、明日の障害者合同就職面接会に集中しよう。
就職が決まれば、心身も、懐事情も安定する。
それから、したいことを考えよう。
大丈夫。
僕は今のままで大丈夫。
どんな道を歩むことになろうとも、僕はそのとき、そのとき自分をそのまま受け入れるから。
転ぶたびに、痛みを感じてもいい。
痛みの治癒にどんなに時間をかけてもいいから。
次の一歩をまた踏み出そう。
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