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千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (14)

 また、雨がふって、ぬれた。夜ごはんを探してさまよって、代々木のあたり、奈津美は本当に手ぎわよくホテルを見つけて、入って、いつのまにか部屋までわたしをつれてきた。ラブホテルだった。シャワーをあびて、奈津美は寝た。細い手足をいっぱいにのばして、ベッドをひとりじめした。わたしと奈津美、どっちのほうがつかれてるのかちゃんと相談したり、一番風呂じゃないといやだとか、そういう特異体質を尊重しあったっていいのに。じゃんけんとか。わたし、勝ったんですけど。まあ、いいですけど。シャワーをあびて、寝た、って、本当にそういうことで、ばん、がたん、って音をたてて出てきたら、体も、髪もふかずに、ぽたぽた、水滴をしたたらせながらベッドに腰かけて、そのまま、こけしが地震でたおれたみたいに、二度と起きないだるまか、やじろべえ、で、寝た。まっ白な蛍光灯の下、パンと水でふくらんだおなか、胃のところが古墳みたいにもりあがって、みぞおちからへそまで、前方後円墳。ミイラのくせに。吸って、吐くたびに、影が濃くなった。白いのはそれ以上、白くならず、丘は山にはならなくて、歩道のタイルを予想以上に育ってしまった桜並木の根っこがもちあげた、ってくらい、いまも成長はしてるんだろうけど、じっと見てても分からない。シートをしいて、あぐらをかいて、弁当をひろげれば、景色はそんなによくはない、奈津美の鼻の穴しか見えない。でも、わたしくらいの重さで造山運動はほとんど完全にとまって、百万年にコンドームの厚さも動かない、〇・〇〇一ミリも動かない。
 ボレロみたいに、でも、大きくなっていかない、最初のフルートの、最初の息つぎがつづく、三四〇小節。あばらは木琴なのに。
 たっぷり聞いて、わたしは、あかりを枕もとの白い毒きのこみたいなスタンドだけ残して、ベッドの上はオレンジの光。ぼんやり、幻影か幻想みたいに、浮かびあがる奈津美のおっぱいが、まさに、あの、小学校の赤土の築山だった。
 ひまわりフェスティバルの夕焼けの貧相な山だった。
 シャツをかけてあげたら、雪国の白銀世界で、わたしも寝た。
 学年主任の先生の話が終わって、
「行くか」
 って、耳を噛みそうに、奈津美がわたしをつかまえた。
「うん」
「いいの」
「なにが」
「じゃあ、行こう」
 川をわたった、中野から新宿へ。いつものななめ右、二歩前にいればいいのに、奈津美は左にまがった。月が背中を見せて、夜から夕方にもどろうとするくらい、意外で、そんなはずない、って事件で、びっくりしたし、なんか、むかついた、不安にもなった、わたしは右のつもりだったから、肩と肩がぶつかった。
「なに」
「行くって」
「帰るんでしょ」
「行くんだよ」
「どこに」
「ひまわり」
「は」
「行くよ」
 つまり、ひまわりフェスティバルに、またもどった。
 ひとこともしゃべらなかった。わたしの機嫌が悪かったし、奈津美はやさしいから、ちゃんと分かってた。駅から二十分くらい歩いて、ジュース、買った。五十円だった。百円で二本、見たことも聞いたこともないうすいスポーツドリンクで、一本、わたしにくれた。そんなに申し訳なさそうにするなら、いまからでも、やめとこうか、って言えばいいのに。よくない、よくなかった。わたしも、ちょっと行ってみたかった。よくないんだ。たのしみだった。
「清瀬に用事なんてないし、もう二度と来ないと思うのね。ぜったいに、ここでおりない自信があるんだけど」
 だから。
 かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、それもあるけど、たぶん、単純に、歩くのはきらいじゃなかった。好きだった。どこか行ったり、帰ったりするのに、二駅くらいはふつうに歩いてた。

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