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不死王曲 (26)

普律殿下「無理だ。あいつら、撃ってくる。はじめから殺す気だ」
青山「殿下」
普律殿下「なさけないことを言うなと言うのか。撃たれてみろ、痛いぞ」
 モニターに私服がうつった。
私服「おや、元気そうですね」
普律殿下「死んでると思ったか」
私服「まあいい。いずれにせよ、長い命ではないのだ。せいぜい茶でもすすっていなさい」
 モニターが消えた。
 そうした。
 茶をすすった。 
 閑話でもしようか、という雰囲気である。
茉莉杏殿下「デートしたんだよ」
普律殿下「誰が」
茉莉杏殿下「私が。むかし、付き合ってた人と」
普律殿下「初耳ですが」
茉莉杏殿下「なに。恋人のひとりくらいできないとでも思ってるの」
普律殿下「そう言われれば、まあ、そうですが。急になんです。透明な棒をつきだしたみたいに」
茉莉杏殿下「水族館に行った。雰囲気いいかな、と思って」
普律殿下「それで」
茉莉杏殿下「水族館の生きものって、本当に生きものなんだよね、ただの。生きてるだけ、最短距離で。ペンギンとか、かわいくないんだよね。じっとしてる。子供がカメラかまえてても、愛想をふりまくこともしなくて、ただ、夫婦でじっとプールの端で立ってる。食いものを手に入れるとか、そういう活動の必要がないかぎり、動く意味がないんだよ。野生の生きものは本当に合理的で、むかつくくらい合理的で、生きるのに最短距離なんだ。交尾、セックスだって愛してて気持ちいいからじゃなくて、ただ、子孫をふやそうっていう本能から、やってるだけ」
普律殿下「それで」
茉莉杏殿下「だから、日本が水没してさ、それで水族館はどうなってるんだろ」
普律殿下「なんです」
茉莉杏殿下「やっぱり、じっとしてる気がするよ。エネルギー温存しないといけないから。それで、わたしが通りかかると、ぎらぎらした目で食いものを要求する。まったくいやされないね」
普律殿下「たのしいんですか。つまんないんですか」
茉莉杏殿下「水族館の魚とかタコとかカニとか、あの無機質な生活を見るのがたまらなくて。むかつくけど、デートするときって、わたしは本当にその人を好きだから、だから、客観的に自分を見るのにも、いい。本能だけで生きてるのを見て、ああ、しょせん子孫繁栄なのか、って思って、あんまりはめをはずさないようにって誓う。水族館で、わたしはそのうち、水槽を見てるのがいやになる」
普律殿下「じゃあ見なくていいですよ。動物園に行ったらどうです」
茉莉杏殿下「同じだよー」
普律殿下「プラネタリウムは」
茉莉杏殿下「隕石が落ちてきて、地震が起きて、大きな津波があって」
普律殿下「えっ」
茉莉杏殿下「えっ」
普律殿下「日本沈没の話ね」
茉莉杏殿下「うん」
普律殿下「つづけてください」
茉莉杏殿下「一九九九年、七の月、例のノストラダムスね、世界が滅亡したらどこに避難しようか、って。水族館に避難すればいい、って、思った。
 水槽とか割れないかぎり、いいと思うんだよね。デリケートな魚、熱帯魚とか、ペンギンとか、ちゃんと死なないような設備がととのってるわけだから。人間にも快適なはずで。
 水とか、食料も。水は水槽のがあるし、魚はいっぱいいるし。ビルの上にあるから、日本が水没しても、まあ、あれくらい高ければ窓を開けられる、海に沈んだ日本を見れる。どんな光景だろ、それ、見れるだけで、わたしの勝ちのような気がする。

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