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うつせみ物語 (6)

 ラジオ体操第一が終わったら、みんな、遊ぶ。一年生から五年生まで、六人いた、わたしの母は四年生だった。母以外のみんなは、缶けりしてた。母は、ひとりで、草をむしってた。同級生の運送屋の軽トラがとまってる、駐車場になってるあき地を通って、細くくびれた、そこだけ草が生えてない、白い、砂浜の入口みたいに踏みかためられた土の坂をおりて、そこが集合場所の公会堂の前なんだけど、あき地の前は国道をはさんで、また、あき地で。
 そこで、母は、ひとりで遊んでたんです。
 ダンプカー、クレーン車、セメントのミキサー車、あと、プレハブがすみに立ってて、じゃりの山のふもとにハイエース。山はふたつで、谷間をぬけて左にまがると、四角の筒、あの、棒アイスみたいなトイレ。
 人がいるのを見たことがないし、車の数もぜんぜん変わらない、でも、来るたびに微妙に位置がちがうから、たぶん、ちゃんと動いてると思う。知らないところで学校とか、図書館とか、マンションとか、美術館、つくってる。そういえば、メガネをはずして手の甲で汗をぬぐって、見あげた、灰色の山、光って銀色、目に入った色はピンクもあったし、黄色、茶色、みどり、むらさき、で、セザンヌが描いたピラミッドみたいなあの山だった。メガネをかけたら、もとどおりの白黒映画だった。黒澤明だった。
 母は、あぶらが浮いた水たまりで、土をこねて、そこにじゃりをまぜて、遊んでた。葉っぱの船を流したりもした。
「なにやってんの」
 無視した。
「なにやってんの」
 しゃがんで、まるめた背中をのばして、でも立たなかった、首をまわしてちらっとふりかえっただけ。まげたひざが、バッタみたいにとがって、刺さりそう、痛そう、つきでてた。
「なにやってんの」
 また、無視した。うつむいた。
 しつこかったんです。
「なにやってんの」
「誰」
「なにが」
「あんたが」
「四年生」
「へえ」
「そっちは」
「わたしも」
「へえ」
「まねしないで」
「してない」
「もういい」
「明日、帰るの」
「へえ」
「広島」
「へえ」
「お盆だから、おばあちゃんの家に来た」
「へえ」
「海に行ってね。カニがたくさんいた。テトラポッドの上で、ウニを石で割って、なめてみた。線香花火の先っぽ、ライターで火をつけて、あの、光の玉、落とさずに最後まで見てた。風がないから、三回くらい、成功した。海岸で拾った、テトラポッドのごちゃごちゃした森の入口、一個だけ砂浜にとびでた、そこから階段みたいに上にのぼる、その足もとで拾った。ライターは百円ライターで、ガラスみたいに透明だった。

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