千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (23) 終
夢のなかで聞いてた。
「海面が上昇する」
「ほう」
「隕石かな」
「かな、と聞かれても。さあ」
「隕石が落ちてきて、津波か。津波だと、一回ひいたら、海面はまた落ち着くのか。日本とか沈没するかもしれないけど。やっぱり、温暖化あたりか。じゃあ、太陽が異常に活発化して、気温があがる。隕石も落ちてくる」
「いいんじゃない」
「隕石が落ちてくる、それをきっかけに、急激なものだろうね。三週間とか、せいぜい、二ヶ月くらい。そのくらいのあいだに、どんどん、南極の氷がとけて、日本にもおしよせてくるだろうね、そうなると、すずしい北海道の、高地にみんなあつまってくるんじゃないかと思う。
わたし、池袋を目指す。
水族館はいいな、とふと思った。地震が起きて、世界が滅亡したらどこに避難しようか、って。水族館に避難すればいい、って、思った。水槽とか割れないかぎり、いいと思うんだよね。デリケートな魚とか、ペンギンとか、ちゃんと死なないような設備がととのってるわけだから、人間にも快適なはずで。水とか、食料もね。水は水槽のがあるし、魚はいっぱいいるし。ビルの上にあるから、日本が水没しても、まあ、あれくらい高ければ窓をあけられるでしょ、海にしずんだ日本を見れる。どんな光景だろ、それ、見れるだけで、わたしの勝ちのような気がする。一時避難してた駅の地下から、泳いで、脱出する。ひとりで。なんか、気候もおかしなことになって、あったかいと思う。夜中に起きて、どっかの出口、厳重にふさいでるのを、なんとかして破壊する。わたし、泳ぐのはけっこう得意なんだよ。実は、知らないだろうけど、小学校のときに県大会で記録持ってるから、いまはどうか知らないけど。夜明け、わたしは外に出る。すごい景色だと思う。空を、わたしが泳いで、飛んでる。光が、こう、ぶわっと道に落ちて、ゆらゆら、ゆれて、いままで誰も見たことないところから世界を見てる。人っこひとりいない。水族館まで、泳ぐ。泳いでるわたしはきれいだと思う。天使だよ。廃墟をひとりで泳いでるとか。これができたら、もうわたしは満足、映像に残ったら死んでもいい。これくらいドラマチックなこと、ふだんからあればいい。あるかもしれないけど、どんな事件も事故も当事者になれずに生きてきてしまった。そうか、恐怖の大王ね、あれだよ。地球人が平等に主役になれるチャンスがあって、わたしは、見事にそれをのがした。もう来ないかね、あの人、大王」
ちがうな。
それは、わたしが、いま、思ってるんだ。一九九九年七の月が終わるまで、まだ一週間くらいあったはずだから。
暑くて、起きた。
やすらかな寝息で、ふたりは寝てた。卍かトみたいなかたちで、かわいかった。鼻がちいさい、爪もちいさい、指はやわらかそうだった。/と\の目で、口もちいさい、点だった。猫の赤ちゃんだった。
そんなの、よく見えてたからには、たぶん、夜じゃなくて、朝になってた。
わたしは、学校を散歩した。
二階の、昇降口の吹きぬけにかかる空中廊下をわたって、まがったら、LL教室、視聴覚室、行きどまりでガラス戸の鍵をあけて、体育館につながるコンクリートの城壁の上。
体育館をぐるっとめぐるテラスから、プールがのぞけた。半周、まわった。
そこで、奈津美が死んでた。
月みたいだった。
プールにぽっかり浮かんでた、髪、肩甲骨くらいまであった、奈津美の鼻を中心に、半径肩甲骨の髪の黒い○、満月。
いや、新月。
おしまい。
これで、なにもかも話した。
いまさら、三年もたって、くわしく聞かせて、って、なんなんだろ。
自殺だったとか、殺人だったとか、なんか、分かったんだろうか。
そんなわけない。あの馬鹿にかぎって。足をすべらせたんだ。馬鹿でかい蛾の夢でも見て、月の光に鱗粉をかがやかせながら、かきみだされた湖の水面にうつったみたいに、ふくらんだと思ったらかすかな波の谷間に消えて、また近くなって、遠くなって、自分で自分の輪郭をあいまいにして、存在してるんだか蜃気楼なんだか、そいつ自体が夢みたいに、ぶよぶよの星雲みたいに、夜空へのぼっていく。つかまえて、わたしに見せようと思った。追いかけて、手がとどきそうになった。とどいたかもしれないけど、テラスの手すりに立って、ジャンプしたら、プールに落ちるに決まってるのに。
ありがとう。
言わなきゃいけないことが分かった。
全部だ。
あいつが生きてたこと、わたしが知ってること、全部をおしえないと分かってもらえないから」
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