千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (17)
よく寝てた。
夜ごはんを探してさまよって、代々木のあたり、奈津美は本当に手ぎわよくホテルを見つけて、入って、いつのまにか部屋までわたしをつれてきた。ラブホテルだった。シャワーをあびて、奈津美は寝た。細い手足をいっぱいにのばして、ベッドをひとりじめした。
鬼のパンツは いいパンツ
つよいぞ つよいぞ
トラの毛皮で できている
奈津美のパンツは、黒かった。むらさきがかった、レースで、光沢があって、カーネーション、ユリ、ユリ、バラ、ちょうちょが飛んでた。ローズウッドのベッドは、たぶんニスを塗りたくったフェイクで、わたしがのったらぎしぎし鳴った。シャンデリアのつもりの照明は、涙みたいなガラスのつぶにどんぐりのぼうし、ほこりがうすくつもってるのが寝てても分かった、よごれも、ほこりも、壁紙の傷も全部が光って、まあ、きれいではあった。ワインレッドのじゅうたんの上、服をぬぎながらバスルームに入っていったあと、ヘンゼルとグレーテルみたいに、全部、落ちてる。ワンピースだけはハンガーにかけてやった。
わたしもあおむけで、夢のなかのひまわり畑は、みんな、顔を土に押しつけて、うつぶせだった。根本から刈りとられて、ひらべったくなってた。白昼、昼さがりで、ほとんど真上に太陽があって、つむじがじりじりする、これはきっと神田川からの道中の印象で、かなたの山がもぞもぞした。奈津美の胸で、起きあがって、まるで夜中の三時にトイレに行きたくなって目がさめて、って感じで、めんどくさそうに二本足で立って、猫背だった。
アルビノのテナガザル。
キリンの遺伝子もまざってる。
ティラノサウルス。
ライオンのたてがみもまっ白で、ぼさぼさなのは、かわかさずに寝たから。
メガネを探してるみたいに、首をゆっくりふって、背骨はごつごつ、プールのちいさなブイをつなげたコースライン。
本物より、ずっとやせてて、ながめてるうちにもどんどん細く、たよりなくなっているようで、なにに気づいたんだか、はっとして、ふりかえってこっちを見たときには、もう、骨格標本だった。
奈津美は、ひとつ目で。
眉がなくて、こめかみとこめかみをつないで、右に少したれてた。怒っているんじゃなくて、こまっているんだと思った。
わたしを探してた。チンパンジーそっくりの肩の線で、整体で背骨を矯正したら、ばきばき、いい音がするだろうな、骨と皮のがらくた、あごをつきだして、こっちを見てるのに、わたしが見えてなかった。ひとつ目だと、視力も、視界も半分になる。
ゆっくり、ふせて、ひまわりたちの死体と同じ高さになったら、奈津美は気づかない。たぶん、永遠に。
夢のなかって、妙に感情がたかぶることがあるじゃない。その、はげしさもよく分からないし、なんで、そんなことで、ってきっかけで涙が出る。
ひとつ目の巨人が、うろうろしてるのが、かなしかった。
わたしには、なにもしてあげられない。
てゆうか、こわくて、
「おい」
とか、
「ちょっと」
でもない、
「あのさ」
も、言いにくい、
「ねえ」
って、幼児みたいに、鼻で鳴くだけ。それも、できない。つかまえられたら、殺される、踏みつぶされる、そんなことはないと思う、口はないから、食べられもしないし。
でも、見られる。
ぽっかり、穴があくくらい。
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