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不死王曲 (19)

普律殿下「姉上」
茉莉杏殿下「なんだ」
普律殿下「様子がおかしいようです」
茉莉杏殿下「分かっている」
普律殿下「そもそも」
茉莉杏殿下「なんだ」
普律殿下「なぜ、甲板に呼びつけるのでしょうか。なぜ、われわれは、素直に出向かなければならないのでしょうか」
 道理である。茉莉杏殿下は、
茉莉杏殿下「理屈を言うな」
 とおっしゃった。なにもかも、分からないからである。それにしても、おふたりが最後、皆々、澪つくしのように立ちつくして、おふたりをふりかえろうともしない。
普律殿下「異様です」
茉莉杏殿下「そうか」
普律殿下「皆々、後頭部で、手を組んでいます」
茉莉杏殿下「そうか」
普律殿下「われわれもやったほうが」
茉莉杏殿下「そうか」
普律殿下「あれは、機関銃では。いや、カラシニコフです」
茉莉杏殿下「そうか」
普律殿下「姉上」
茉莉杏殿下「なんだ」
普律殿下「眠くなったんですか」
茉莉杏殿下「まあな」
 春風駘蕩、文字どおり、なまぬるい春の風が吹いた。茉莉杏殿下があくびをなさったのである。
普律殿下「こちらに来ます」
 茉莉杏殿下が、そう、なさらないかぎり、普律殿下だけ降伏のポーズをなさるわけにはいかなかった。
 カラシニコフの男が口をひらいた。
カラシニコフ「おまえらが最後か」
普律殿下「たぶん」
カラシニコフ「撃たれたくないな」
普律殿下「はい」
カラシニコフ「じゃあ、手をあげろ」
 そうした。
普律殿下「姉上」
茉莉杏殿下「しかたない」
 よかった。まだ起きていた。それに、素直に手をあげてくれた。
 普律殿下は安堵なさった。平生からは考えられないほどスムーズに人の言うことを聞いている。茉莉杏殿下も、卑俗な表現をすれば、ことのやばさ、が分かったのだろう。
 カラシニコフは持ち場にもどった。うしろ髪をのばし、金色に染めている。
 マイクをにぎった男(ひとりだけスーツ、モザイク模様のネクタイ、オールバック)が、
マイク「こちらの準備は終わりました。みなさん、おつかれさまでした。楽にしてください」
 皆々、きょろきょろしながら、組んでいた腕をゆっくりおろした。両殿下もそうなさった。
マイク「いまから、自己紹介、つまり、われわれはなにもので、なにを欲しているか、説明させていただきます。ああ、ここにも来ました」
 ドラム缶がふたりの手下にころがされて、来た。やがて、マイクのとなりに立った。
マイク「爆弾です」
 ざわついた。
マイク「われわれは、雲州出雲に亡命したい。それだけです。それに、十分な資金が必要です。じゃまをしないでください。これと同じ爆弾が、ダンスルーム、操舵室に設置されています」
 両殿下は息をつかれた。
普律殿下「叔父上の刺客かと思いました」
茉莉杏殿下「ただの散文的なテロリストらしい」
普律殿下「ええ。それにしても、危機的状況であることに変わりはありません。どうします」
茉莉杏殿下「わたしがどうにかしてくれると思っているのか」
普律殿下「そんなことはありませんけど。どうなさるのかなと。あ、いた」
 青山のじいである。手をこまねいて、頭をゆらゆらさせていた。潮風が寒そうである。

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