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千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (18)

 ぽっかり、穴があくくらい。
 あいつは、無神経そうで、気が強そうで、馬鹿のふりをしてるけど、本当は、ひとりも友達がいない。ひとりでトイレに行くのもさみしそうで。顔を、目を見ずに、いつも胸をながめおろしてた。胸に穴があくのは、かなしいことで、風が吹いたら、内側から寒くなる。はじめて空気にさらされた、その心臓はハートのかたちで、ショッキングピンクで、恋でもしているみたいに、いそがしく鼓動をくりかえしてる、気持ち悪い。わたしの心臓は、どうでもいい。わたしも、奈津美の胸に穴をあけて、はだかの心臓にしてしまったみたいで。小学校低学年まで、ぜんそくがちょっとましになるまで、毎週、行ってた内科の開業医の先生の病院で、四角に切った受付の窓、その窓枠のでっぱりの左端、模型の心臓が置かれてた。
 いつも、うっすらほこりの膜が、プラスチックの肌色、ピンク、静脈の青、動脈の赤につもってて、ゴールデンウィークとか、お盆、年末、大そうじをしたあとだと思うけど、そのあとだけはきれいになって、つやつやしてた。
 無神経そうで、気が強そうで、馬鹿のふりをしてるけど、本当は、ひとりも友達がいないけど、でも、繊細で、頭がよくて、感性がゆたかで、天才で、おもしろい、やさしい、心のきれいな、すばらしい女の子なのかと聞かれれば、
「別に」
 と言うしかない。ふつうの、同級生って感じだった。
 複雑でも、深刻でも、重くもない、単純なつるつるのCGみたいな性格で、心臓で、チーズケーキより簡単に切れた、プラスチックの心臓の断面は、からっぽ。赤い血も、青い血も流れてない、アンドロイドだったとしても、ニトログリセリン、ガソリンも、なんにも。
 つまんないやつだと思って、なんでこんなやつといっしょに、奈津美に言わせれば旅だけど、買いものの旅をしてるんだろうって馬鹿馬鹿しくなったけど、わたしのトランプのAのハートも、魔法のステッキの先っぽについてるハートで、同じくらい馬鹿みたい。
 わけてあげよう、なんて、お姉さんか先輩にでもなった気になって、調子にのってたのがはずかしい。
 奈津美、ちくちくするのか、胸、わたしが見ていた心臓のあたり、正確にそこをかきむしって、落ち着かない、足の裏と足の裏をくっつけて、そわそわ、ばたばた、あぐらをかいたまま飛んでいきそうだった。
 それで、やっと、顔をあげた。大きな目だった。あどけない目で、あどけない、なんて、はじめて言ったけど、

 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

 埼玉の生まれだから、そういうこともあるかもしれない、寺山修司。
「海って、そんなに大きいの」
 って、無邪気に聞かれて、こっちがびっくりする。
 あの目、

  棒が一本あったとさ
  葉っぱかな
  葉っぱじゃないよ
  カエルだよ
  カエルじゃないよ
  アヒルだよ
  六月六日に
  雨 ざあざあ ふってきて
  三角定規に ひび いって
  アンパン ふたつ 豆 みっつ
  コッペパン くださいな
  あっというまに かわいいコックさん
 
 ちがう。

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