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うつせみ物語 (7)

 まだこよりの色もあざやかな新品の線香花火で、ピンク、むらさき、ピンク、赤、黄色、また赤、それぞれ、歯医者さんの待合室、理科室、タンスのなか、クレンザー、って、別のにおいがしそうなくらい、染めたて、つくりたてで、つんつんした先っぽの赤を金のテープでむすんだら、オニアザミだった。
 横断歩道の信号の柱にそなえられてる花束だった。二十本くらい、金のテープでとめてある、そのまま、ばらさずに、たぶん、一本も火をつけずに、海の家かコンビニか、それとも、夜店、カブトムシも売ってる近所のスーパーのレジ、乾電池とかといっしょにひっかけられてるのを買って、ビニールから出したらそのまま置いた。花束は、カーネーション、ユリ、ユリ、バラで、信号は信号でも押しボタンの信号で、黄色のロボットの顔、
「おしてください」
 って言ってる。あの真下。
 どうやって、事故にまきこまれたんだろ。押さずにわたろうとしたのかな。押して、待ちきれなかった、とか。
 ちゃんと、あの、赤の、くすんでピンク、よごれて、くたびれた水族館のタコみたいな、寒い朝の口唇みたいな色のボタンを押して、それでもひかれて死んだんだったら。
 かわいそう。
 線香花火もきっと、かわいそうな魚のための、やさしい誰かのさりげない、どうでもいい、気まぐれかもしれないけど、とにかくお金は出して、わざわざ、買った。本当の気持ちだろうな。
 あの、ばちばち、がんばって葉っぱをのばしたオジギソウ、のばしては、しおれて、かれて、こなごな、あの火花と光は、海の底まではとどかないかもしれないけど、テトラポッドにかこまれた、暗い、せまい井戸、細い、パスタをゆでる鍋の底までなら、十分、照らせると思う。
 おぼれた魚。
 船が難破して、海岸にたたきつけられて、必死にしがみついたところは、灯台の窓で。助かった、と思って、さけぼうとして、部屋のなかを見ると、灯台の番人のお父さん、お母さんとその子供、ちいさな女の子が、夕食の最中だった。しゃぶしゃぶ、つついてた。やばい、って、死にそうなその人は一瞬、ためらった。遠慮しちゃった。たちまち、どぶん、と大波がおしよせて、洗い流して、それでおしまい。死んだんだか、生きてるんだか。たぶん、死んだ。助かるわけない。三角にとがった波にもまれて、ひょっとしたら吹雪の夜だったかもしれないし、ひとりで、誰にも知られず死んだ。もちろん、灯台の家族はなんにも知らずに、一家だんらんの食事をつづけてたし、もし、本当に吹雪の夜だとしたら、月も星も、それを見てなかった。結局、誰も知らない。でも、誰も知らない事実だって、この世のなかにあって、しかも、そういう、誰にも見られてないことに、なんだか大事なものがあったりして。
 そういう夜に、高い波にのって、コンクリートの石の檻のなか、うちあげられた魚。
 それなりに大きかったから、すきまから海に出ることは、もう、二度とできない。餓死して、おなかを見せて浮かんで、それって、おぼれたみたいじゃない。
 そんなこと、考えながら、全部の線香花火に火をつけて、ぼくができるかぎりの長い時間、燃やして、照らしつづけた。
 夜は、きもだめしでね。
 昨日の夜だったんだけど、おばあちゃん、キリスト教で、教会の子供会みたいなやつ。ななつの悪霊につかれた女の人、その人の記念日で、なんだろ、悪霊と関係あるのか知らないけど、おばけが出るからなのかな。
 公会堂から出発して、道をわたって、この山、ふたつ、8の字に通らないといけなくて、また公会堂にもどったら、入ったら、一面、広い畳で、床の間に石がふたつ、置いてあった。
 それをとって、きもだめしは終わった。
 一度も、顔を見なかったな」

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