千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (10)
分からない。
どうでもいい。
でも、こたえもなんにもいらなくて、水玉の人が男なのか女なのか、坂のどのあたりに用事があったのか、アイスティーの氷も全部、とけて、それをすすって、
「いまごろ、なにしてんだろ」
なんて、別に興味もないことをなんとなく言えたのは、あの、奈津美とむかいあって窓際にすわってた、あのカフェの一時間だけで。もう永遠にどうでもいいこんな話を、どうでもいい話として話せることはないんだって思うと、さみしい。さみしくはない。どういう意味なんだろうって思う。永遠、って。
それがどうした、って思った。
そうだよ。
なんか、期待してたらごめんだけど、なんにもないよ。
わたしが奈津美に言いたかったことを思い出して、あんたに言っただけ。本当に、それだけ。
ごうごう、外で、空が鳴ってた。テレビの砂嵐を百倍くらいにした騒音で、砂嵐なら、キャラバンの商人がヒツジの皮のテントで背中をまるめて、シルクロードのまんなか、さっきまでのぎらぎらした太陽が出てくるのを待ってる感じ。奈津美は、
「ノアの方舟」
って言った。なんだか分からなかったけど、わたしと同じようなシーンをイメージしてたって、いま、気づいた。動物たちと肩を寄せあって、世界を洗い流す雨がやむのを待ってる。
「行くか」
「まだ飲んでる」
奈津美のピンクの、たぶん桃かなにかのジュースは、半分くらい残ってた。
「そんなに、いそがなくても」
「いそいではない。いいよ、飲めよ」
「飲むよ」
そうした。
ああ、どうでもいい。本当に、なんでこんなことをおぼえてて、いま、言わなきゃいけないんだろ。
でも、そのとき、ギリシャの神殿の柱みたいな、大根みたいな首が、ふくらんで、しぼんだ。
「のどぼとけ」
「動いてた」
「うん。影が顔みたい。もっかい」
飲んだ。
「ほら、ここが目で、口。金魚みたい。そういえば、おまえ、金魚みたいだな」
「失礼な」
「いや。かわいい。そうだよ。服も、デメキンやん」
「のどぼとけなんか、あるわけないだろ。女ですけど」
「やせてるから、なんか、首の骨が目立つんだろうね」
目を細くした。
目だけの運動じゃなくて、顔の全部をまんなかの鼻にあつめて、しわしわになった。風船に空気が入って、落ち着いたら、まぶたはひとえで、ふたつの目は一で、てゆうか、/と\で、口は)で、カエルはデメキンになって、イグアナになった。
あの目、わたしが窓の外を見てたとき、あの目で、カフェとかわたしとか、ピンクの飲みものとか、どんなふうに見えたんだろ。わたしは、まわりにほかの客がいたかどうかもおぼえてない。
「イグアナ」
「なにが。わたしが」
そうそう、
「般若」
わたしは、奈津美の目には般若に見えたらしい。
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