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千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ (22)

 わたしのパート、トランペットが泊まってたのは、合唱部がつかってるほうの第二音楽室で、倉庫のかびくさいふとんをしいて、扇風機がまわってた、やけに蚊が多かった。先輩たちが学校を探検してた、そのあいだわたしは、ひとりきりで、まじめに楽譜を見て練習の反省をしてた。画用紙を切りぬいた大地賛頌の歌詞と楽譜、みどりは森で、鳥は青い、赤は秋のイメージ、白い雪、全体的に水色で、宇宙から見た地球で、地球みたいな壁にかこまれた、あの二十億光年の孤独のなかで、ちょっとずつ想像をふくらませた、あの雰囲気が怪談そのもの、みたいな気分は、たぶん再現できない。女の幽霊は白いワンピースを着て、ぼんやり光ってる。それは先生の初恋の人に似てる。七不思議だった。誰が言いだしたのか、分からない。
 ベートーベン、シベリウス、モーツァルト、ドビュッシー、マーラー、日本代表の滝廉太郎、山田耕筰、順番まで全部覚えてる。あいつらが見おろすなか、いやでもこわい話を考えないといけない。ピアノは夜中に鳴りだすし、こわれたレコードプレイヤーも、エリーゼのためにが聞こえてくるらしい。
 先輩たちは帰ってこなかった。別の教室で、たぶん、クラリネットとかの人がいっぱいいる部屋で、ウノとかしてた。
 トロンボーンの一年が、ふたり来た。うるさいから、しずかそうなわたしのところで寝る、って言ってた。
 山崎が、携帯を閉じて、
「明日、何時だっけ」
 岡田、わたしの顔ごしにこたえた。
「七時半朝食」
「早いな」
「寝るか」
「いいよ」
 山崎が、ごろん、と、あおむけになる。岡田も、あおむけになる。オセロみたいに、はさまれたわたしも、居心地が悪いので裏がえった。
 ここからが長くて、案のじょう、岡田がくしゃみでもするように、吹きだして、
「どうした」
「別に」
「なに笑ってんの」
「ごめん。三人もいて、しずかなのがおもしろかった。たぶんね、わたし、葬式とかで笑っちゃう人だと思う。ごめん」
 また、間がある。
 今度は、山崎が、
「おばけなんてないさ、って知ってる」
 なんという落ち着きのない後輩たちだろうと思った。
「知ってる」
「あれ、いい歌だよね。子供の葛藤がものすごくよく表現されてると思う。前半、なんか強がっててさ、後半、だけどちょっとこわいの。かわいいよね」
 夜中に舞いおりる、妙なインスピレーション、他人に理解されづらい。でも、岡田には共感できて、わたしもちょうどいま思ってた、って感じであっというまにふたりの世界をつくってしまう。声は、天井までのぼって、落ちてくる。
「草ってなんで成長するのかって思うんだよ。光合成だろうけど。すごいなって思うよね。だって、水だけ飲んでても、人って大きくなれないでしょ。すごいよね、草。あと、なんか、ちっちゃい犬とかね。なんで動いてるんだろうって思う。生きてるよね。大きかったらまだ分かるけど、なんなんだろうね、あれで鼻とかすごいきくんでしょ。なんなのって思うでしょ。ありえないもん。小犬的なものをつくろうと思ったら、何万かかるの」
 手がつけられなかった。
 眠れなかった。
 話にわりこむ気はしなかった。
「準備室で、クッキーもらった。クッキーじゃなかった。オレンジ色の、ひらべったい、どう見てもクッキーの箱で、でも、あけたら、なんだったと思う。ミルフィーユがひとつ。きれいに、真四角に立ってた。笑ってしまった。食べた。うまかった。ミルフィーユってフランス語で、千枚の葉っぱなんだよ。でも、日本人の発音でミルフィーユって言うと、千人の女の子に聞こえてしまうらしい。おもしろくないか。ミルフィーユのとんかつは、ぜんぜん意味がちがうように思えてしまう。小説で、ミルフィーユ状の闇、っていう表現があっていまだに覚えてる。うすい闇が何枚も何枚もかなさって、まっ暗な夜をつくってるってことだと思うけど、学校の長い廊下を歩いてると、たしかにそういう感じはする。千人の女の子の夜。それが、実際のところ、どんなものなのか。想像力ゆたかなわたしでも、思い浮かべるのはむずかしい。千人の怨念くらいはただよってると思う。なにしろ学校だから。わたしの怨念も。退屈で、あせってて、なまけてて、ひまで、やりたいこととやりたくないことで身動きがとれない。元気はありあまってて、よく笑うのに。ミルフィーユがどんどんあつくなる。誰にもとめられないんだ。神様にも」

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