アルタイルの詩(笑) (7)
1−13
永井、由紀子、登場。
永井 ここだと聞いたよ。
由紀子 あなた……
永井 (手で制す)きみに、ひとつ忠告がある。もう来るな。理由は分かるな。
渉 分かりません。
永井 しずかに、最期を看とりたい……あの子の心を、みださずに。きみは、咲
希のなにを知っている?
病室のベッドで、月に顔を照らされながら、かすかな声で、わたしには聞こえた。「大嫌い……渉なんて……大嫌い」
渉 え……
永井 ひとすじの涙も、青白く染まっていた。はかなく落ちた……落ちたんだよ!
永井、渉の首をしめようとする。由紀子、永井をとめる。
由紀子 なにも知らないのはあなたよ。
永井 ……なに?
由紀子 あれは、あの子の本心じゃないの。そんなわけ、ないじゃないの。
永井 どういうことだ。
由紀子 少しも分かってないのね。咲希は、渉くんをずっと思ってたの。好きだ
から……きらいと言いたかったの。渉くんに、忘れてもらうために、しあわせになってもらうために!「大嫌い……渉なんて……大嫌い」そう……夢うつつで。わたしを練習相手に、何度も、何度も……「へただな……わたし……文化祭では、みんなほめてくれたんだけどな……おせじだったのかな……」って……あなたは知ってたの?
永井 悪かった……(渉へ)きみにも……
渉 ……
由紀子 あの子にも、こわくて、さみしくて、不安で、眠れない夜があった。
咲希はわたしに話したわ。死んだあと、渉に伝えて、って。
春に死んだら、桜の下に埋めてほしい。ちっていく花びらは、わたしのかけら、ちいさな、溶けてしまいそうな、声のひとひら。抱きしめて……目をとじて、よく聞いて……わたしのことを思い出して。夏は海。船の上から、わたしの灰を、波のかなたに、風のなかに、投げはなってほしい。わたしは海になって、入道雲になって、雨になって……土にしみこんで……あなたの部屋の窓の下、花壇の、空のように青いアサガオを咲かせるから。
秋は月。夜空に手がとどきそうな丘の上、わたしをしずかに眠らせて。月の光にひきよせられて、カシオペアとオリオンをつかんで、星座のひとつになれるまで……冬は雪。誰も踏んだことのないまっ白な雪で、わたしの思いも凍らせて。大切なことばたちが、きらきら、かがやき、すきとおる結晶に変わるから……
永井 渉くん……
渉 でも、ぼくは、どうすればいいんですか。そんなこと、知らされて。
……ぼくのしあわせは、咲希といっしょにしかない。
永井 咲希が子供のころ、わたしと公園で遊んでいた。
ちいさな、ちいさな手が、ジャングルジムをあぶなげにつかみ、ブランコにのったあの子は、雲の上まで飛んでしまいそうなほど、軽く、透明なつばささえ背中にきらめくようだった。
砂場で、城をつくり、王さまと女王さまの人形を、一番上に置いた。
咲希は、ふと、「結婚するなら、お父さんみたいな、やさしい人がいい」と、八重歯を見せて笑った。
王さまと女王さまに、わたしと咲希を見た……その瞬間、城はくずれ、女王さまだけが、地面に落ちて……砂によごれ、王冠は埋まり、首もちぎれた……
王さまは、なにもできず、ただ見おろすだけだった。
あのときから、感じていた。
咲希をしあわせにできるのは、わたしではない、と。
落ちていく女王さまに手をさしのべ、救いだし、寄りそい、最期のときまでのしずかな時間をあたえることができるのは、わたしではない、と。
わたしは、大馬鹿だ……
由紀子 あなた……
永井 みとめなければ、ならないようだ。ゆずるよ……結婚相手を。
1− 14
咲希、登場。ウェディングベールをかぶっている。
咲希 変……かな? 外出日に買ったの。コスプレみたいだよね(笑う)笑わない?
渉 ……きれいだよ。
永井 ……ああ。
由紀子 ええ。
咲希 いい天気ですね。
渉 うん。
咲希 月が、きれいですね。
渉 うん。
咲希 風がやみましたね。
渉 うん。
咲希 暑いですね。
渉 うん。
咲希 どうして、季節は流れていくんでしょう。
渉 そんなこと分からないよ。
咲希 どうして、たのしい時間はすぐに終わってしまうんでしょう。
渉 分からない。
咲希 どうして人は死ぬんでしょうね。
渉 ……
咲希 あのね……きみの、胸のなかに入るの。それで、生きつづけるの。
渉 そう……永遠に。
咲希 永遠に……
咲希、せきこんで、ひざをつく。渉、咲希を抱く。
咲希 見て……あの星……
渉 あの、天の川のそばで、ひときわ光ってる……星かい?
咲希 本当は、誕生日に言いたかった。わし座α星アルタイル、七夕の彦星。
16光年、はなれてる。だから、あれは16年前の光。渉が生まれた日の光だよ。
渉 ありがとう……あの星を見るたびに、咲希のことを思い出すよ。
松岡、千秋、洋子、大輔、奈津美、登場。
咲希 結婚してください。
渉 結婚しよう。
咲希、せきこむ。やがて、死ぬ。
渉 咲希! 咲希!
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