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小説「千人の女の子の夜になっちゃんは死んだ」

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2019年1月の記事一覧

不死王曲(5)

不死王曲(5)

〈腹ガ空ッテハ戦サガ出来ヌ。戦サヲシナクナッタ帝国ニ、腹ガ空ルコトダケヲ残シテクレタノハ悲劇ダロウカ。ソンナラ、ナニヲ食ベテモ美味シクハナイトイウ金持ノ生活ハ喜劇カ。悲劇ハ希望ヲ求メ、喜劇ハ絶望ヲ忘レテイル〉とは、征夷鎮撫行孤児救恤の為の慈善福祉行事開催を目論み、篤志富裕臣民に書簡で打診する丞相兼北洋軍軍機太師擧屠欅(祖父怡親王釐粒の娘婿、太上帝の乳母梨倶の三女咩浪于の長男)への皮肉。露骨な人気取

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不死王曲(4)

不死王曲(4)

「なにを言っている」「さあ。父娘の符号のようなものですか」「何故おまえはそんなことを知っている」「日記にありました」「そうか。他のは知らんが、〈四ツノ蛇〉云々は詩ではない」「はあ」「火産壽詞じゃないか。閨台祓除。宣耀殿に几帳を入れるとき俺がやらされた。おまえもいただろう。上臈監爐己雲が勝手に出入りの職人に注文していたのが急に届いた」「ああ」「殊勝な男だ。名乗れば素直に水と飯を出したのかもしれん。〈

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不死王曲(3)

不死王曲(3)

〈苔鮃ノ午睡〉の態で深緑の丘陵が長く寝そべる。山裾と街道の線に沿って鏤めた甍は珊瑚屑で、田地は焦茶の梅海星。〈苔鮃〉の両眼あたり、白煙が倒立した鋭角の三角錐になって突き立つ。〈静歌〉に〈陸地ニ刺青ヲ施シタ〉とあるが枯野、沼沢、草原、森林、河川、砂漠、山岳といった自然の造形と四季に色彩容態を変化させていくその運命を刻み込んだ神々の手を敬虔な古代人はこのように幻視していたのだろうか。日輪を戴いて逆光の

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不死王曲(2)

不死王曲(2)

〈テェーヤン、泥ンコニナル〉、〈テェーヤン、探検スル〉、〈テェーヤン、デレダッチャ〉などと〈ソコノ男〉百籍侯漏遅畫は日記帳に続き物でも連載していたつもりか、見出し風の花文字が踊る。小児的喃語を駆使して書かれている為、理解するのは骨だったが(〈デレダッチャ〉の意味は不明)、〈テェーヤン〉は百籍侯漏遅畫の娘である〈不細工ナ餓鬼〉射莽のことを言っている。三十頁前後では〈ヌャーヤン〉、〈スューヤン〉(稀少

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不死王曲(1)

不死王曲(1)

 左回りに渦を巻いた鸚鵡貝から〈金碑角錐塔ヨリ顎ヲ出シタ神今食祭ノ夜明ノ旭暉〉といった具合に頭を覗かせている。〈嚢魚ノ錯乱〉の名を持つ滿留齋留海峡の渦潮に詩人が例えた癖毛のうねりと、〈檜扇鳥ノ羽冠〉の色艶は紛れもなく耶焉のものだ。その〈旭暉〉を睥睨しつつ卓案に向かって右から回り込むと、三歩目で彼と目が合った。耶焉、「水をくれ」「は」「水だ。おまえの目の前の瓶だよ。いや、酒じゃない。茜芳で色を付けて

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