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小説「銀匙騎士(すぷーんないと)」/小説「百年の日」

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2019年6月の記事一覧

銀匙騎士(すぷーんないと) (11)

銀匙騎士(すぷーんないと) (11)

 地団駄(まーくたいむ)が前のほうでは終わって、順々にあくびして、腰をさすって、楽器をかまえる。男の子は、仲間の介添童(べーるぼーい)と目くばせする。
「いい経験じゃないか。悪いことはなにもない。文句を言うこともないと思うけどな」
「いい経験。みんなそう言うな」
「だって、本当にそう思う」
「いやだな。お姫さまもかわいそう。誰がしあわせになるんだろう」
 男の子の最後尾(しんがり)の相方が、くすく

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銀匙騎士(すぷーんないと) (10)

銀匙騎士(すぷーんないと) (10)

 莞爾(にっこり)、鼻をまんなかにくしゃくしゃに顔の部品を集めて、笑顔で、おっさん、
「まだ終わりじゃないよ」
 でも、もうすぐ終わる。すると、拍手がわき起こって、ふたたびおっさんに注目が集まり、堂摺(あんこーる)の渦に巻きこまれる。
「そうだな。このあと、花火だ」
「ああ。忘れちゃこまる」
 きんこん、ゆれる朝顔が順序ただしく、節奏(りずむ)に乗って、調子(てんぽ)よく、見えない指でそっとおさえ

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銀匙騎士(すぷーんないと) (9)

銀匙騎士(すぷーんないと) (9)

 おっさんが立った。帷帳(かーてん)をそっとめくり、
「おっ」
 少し胸をそらせた。
 幅のある革帯(べると)のような、その一枚のぺらぺら、白黒市松模様(ちぇっかー)の裁断残布(たちきり)をすくいあげるように、天幕(てんと)の屋根へほうり投げた。
 とたんにさしこむ、外の光。堰を切った、洪水だ。間口、立端(たっぱ)、正確に素直に入口の縦横をなぞって、容積、温度、におい、音までふくんでいるので、心を

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銀匙騎士(すぷーんないと) (8)

銀匙騎士(すぷーんないと) (8)

 ひげの王さま、もみあげとほおひげがつながっていて、鼻の下は天牛虫(かみきりむし)のように八の字に立っている。たまごの白身と溶けたろうそくの透明なところをまぜて、一生懸命、立てているらしい。
 誕生日には、玉蜀黍(とうもろこし)のつけひげを、老若男女、みんながつけて、王さまの健康と国の発展を祈願して、

 が、は、は、は、は、は、は

 窓から顔を出し、屋根にのぼり、道ばたに寝ころんで、晴れたら太

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銀匙騎士(すぷーんないと) (7)

銀匙騎士(すぷーんないと) (7)

 入口の帷帳(かーてん)のすきま、二等辺三角形に区切られた外の草原(はらっぱ)へ視線を泳がせた。
 朝顔が日の光を、もっと、もっと、と乞うように、そうして、それは願いのとおりにあたえられて、そのぬくもりを花びらでつつんでなみなみとたたえ、まっすぐに背すじをのばし、ならんでいた。
 ならんでいるのは、いくつ。
 分からない。
 葬送行列(ぱれーど)を待つ、白金(ぷらちな)の兵隊。横一列五人の、縦八十

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銀匙騎士(すぷーんないと) (6)

銀匙騎士(すぷーんないと) (6)

「風の玉がつっこんできたかと思った。虐熊見物(くまいじめ)の小熊が逃げてきたわけでもないな」
 人の影法師が、一面の青空を凸のかたちにさえぎった。体を起こし、ひざや腕のほこりをはらいながら、安稜(あろん)、
「瓶、落ちてない」
「立てるか」
 手を貸してくれた。明るさに目がなれてきて、太陽をせおったのは、今度は安稜(あろん)、
「あ。おっさん」
「だいじょうぶか、おまえ」
「うん。瓶、落ちてない」

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銀匙騎士(すぷーんないと) (5)

銀匙騎士(すぷーんないと) (5)

 しかし、乙女は聞かない。魚たちの静謐で神秘な内緒(こそこそ)話より、もっと聞こえない。いや、耳をすませば、目をこらせば、水のなかは無色透明の音楽会、極彩の大舞踏会、でも、神の声はぜんぜん聞こえない。
 聞こえても、分からない。
 乙女は、こわかった。灼熱した鉄球が飛んでくるような気がした。それを受け入れることなどできない。もし、手をふれ、胸にあてたら、溶けるか、蒸発するか、それとも、かたちを変え

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銀匙騎士(すぷーんないと) (4)

銀匙騎士(すぷーんないと) (4)

 か、らん

 折れた釘を蹴った。人のいとなみの消え残った影を見つけた気がして、なんだか、安堵(ほっと)した。
 いっしょに歩ける。そっとつまんで、背中の背負箱(らんどせる)に投げ入れた。

 か、らん

 安稜(あろん)は、わたしたちは、目を閉じていても手のひらのしわを人さし指でなぞることができる。同じように、見えなくても、釘の落ち着いた底が見える。鷺首瓶(ほそびん)の腹札(れってる)ではずんで

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銀匙騎士(すぷーんないと) (3)

銀匙騎士(すぷーんないと) (3)

 たんたら、らららら、らららら、ら

 小太鼓がたのしそうに踊るのだ。
 稀神面群の衆が来た。先頭には、朱貌曲鼻面(ほおずきおばけ)の茅雖禹(かんくろう)、
「来迎(きむか)え侍(はべ)る、来迎え侍る」
 狒々(えておやじ)、狒々児(えてがき)。
 串でつらぬき、つむじとつむじ、子はさかさまに大車輪。父は梨を食う、ひとかじりしては投げちらかす。
 巨悟(くさぶえ)、架漏浪(とりあたま)、刃良門(な

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銀匙騎士(すぷーんないと)   (2)

銀匙騎士(すぷーんないと) (2)

 いまやっと小麦麺(こんきりえ)にごちそうさまと合掌するように、昨日という一日をいとおしみ、今日に祈りを捧げるように、しかし、男の子の存在を遮断し、否定し、叱責するようではなく、そっと日記を閉じた、安稜(あろん)、
「おもしろくもないだろ」
「旅をしてるの」
「そうだよ。いくつか山を越えた。川も。森や林は、たくさん」
「なんで」
「仕事」
「すごいな。ぼくより小さいのに」
「何歳」
「十一歳」

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銀匙騎士(すぷーんないと) (1)

銀匙騎士(すぷーんないと) (1)

 風船が飛んでいく。卍(まんじ)にもつれ、巴(ともえ)にみだれ、七色の吹雪のようでもあったし、神秘な沈黙のうちに巡礼の旅に出発した、熊蜂(くまんばち)の飛行のようでもあった。
 安稜(あろん)はあごを三角にとがらせて、のどはつるつる、雪花石膏(あらばすたー)の丸柱。赤いのはあめ玉だし、黄色いのは花の種、白は赤ん坊の歯、空のまんなかから太陽が照らして、ときどきそれは針で突いた傷のかさぶたになったり、

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