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何とも平凡な国境越え

スペイン北西部にあるヴィーゴ駅のホームに入ってきた電車を見るなり、本当にこれがそうなのかと訝しんだ。うす汚れているし、それまで何度も乗ってきたスペイン国鉄レンフェの車両と比べてもどこか見劣りする。拍子抜けだった。

もちろん電車に非はない。もっと特別な何かをこっちが勝手に期待していただけだからだ。なにせ、生まれて初めて陸路で国境を越えるというので気分が高揚していたのだ。

行き先はポルトガルのカンパーニャ、ヴィーゴからは2時間半ほど南へ下った所にある。地図を見ると比較的すぐに国境を越えるようだ。共にシェンゲン協定の加盟国であるスペインとポルトガルの間では出入国審査が無い。それはもちろん知っていた。が、それでも「陸路での国境越え」にはどこか特別な響きがあった。

日本で生まれ育った人なら同意してくれると思うのだが、日本から外国へ向かうには飛行機か船に乗るしかない。いや、ほとんどは飛行機だろう。そして眼下に広がる雲を見ながら、ああ、いま国境を越えたんだなと感じる事はまずない。だから陸続きの国を跨ぐのはそれ自体が非日常的な経験に思えるのだ。だから国境を越える電車も、国境越え仕様の特別列車であって欲しかったという訳である。

車内はかなり空いていて、これも私には意外だった。国境を越えるような特別な電車には大勢の旅行客が詰め掛けると思い込んでいたからだ。でも慣れている人にとってはどうということも無いのだろうとすぐに思い直した。

電車が動き出して、私は車窓から外を眺めていた。電車は海と並行に南下していき、のどかな風景が続く。いくつか大きな河口があり鉄橋を渡る。そのひとつが国境だった。

電車が鉄橋に差し掛かり、私はぐっと緊張した。正確に言って国境はこの橋なのか川なのか、あるいは別の何かなのかよく分からなかったが、ともかく15秒もかからずに電車は鉄橋を渡り終えた。私にとって初めての国境越えも終わった。

実はこの期に及んでまだ、何か特別な事が起きるのじゃないかと私は身構えていたのだが、何もなかった。「現在、電車は国境を越えてポルトガルに入りました」というようなアナウンスさえなかった。

ひょっとすると私が何かを見落としたのではないか。そんな考えがふと頭をよぎったものの、さすがにそれは打ち消した。つまり国境越えなどは大した事ではなかったのだ。実際、地図アプリを睨んでいなかったら、スペインとポルトガルの境がどこなのかすら分からなかったはずなのだから。

国境を越えてみて、うす汚れ、見劣りのするポルトガル鉄道のこの車両がこの路線にはぴったり合うなと思った。豪華絢爛な電車だったら気恥ずかしさを覚えていたかもしれない。

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