初めて子供に手を振った日

2020年。

吹雪の中を電車で駆け抜けて帰省中の私。

良い年こいて父に甘え、地元のスープカレー店へ連れて行って貰った。

1月2日から営業している、この辺りでは珍しいお店。

「やぁ、行きつけなんだよ」

父は、子に自慢したいのか、それとも私と2人きりの食事に緊張しているのか、やたらとヘラヘラしていた。

店内に入るなり年始の挨拶をしているあたりから、なるほど、行きつけというのは間違っていないようだ。

我ながら、年明けから早速、実の父を疑ってかかるのもどうかと思う。

男前な、ニット帽を被った店主がやって来る。

水とおしぼりを置き、厨房へ。

店主の影になって見えていなかったが、奥には3歳前後の女の子が背を向けて座っていた。

プレーヤーで流れるプリキュアの映像。

あれは…スター☆トゥインクルプリキュアだ。

銀河を駆けながら変身するキラやばな主人公、星奈ひかるに夢中のようだ。

そんな彼女から視線を外し、メニューへ集中。

道民の私にとって手慣れた作業ではあるが、スープカレーには時間を費やしてしまう。

ベースとなるスープ・具材を選び、その後は辛さとご飯の量を体調も考えつつ調整する。

それほど頻繁に食べるものではないからこそ、この選択に私は大いに時間をかける。

父に急かされつつ、野菜角煮を指差す私。

私にとってのスープカレーは、結局のところ「素揚げされた野菜を美味しく食べるもの」である。

角煮やチキンなんてのは、スープの出汁としか思っていない。

「決まりきった注文を決める」作業をすることで、父には「我が子がワクワクしながら食事をしている」ように映るだろう。

そもそも父がそう感じているかは毛の程も知らないが、そう信じている。

これを打算的と呼称していいものかも未知であるが、とにかく注文を終えた。

交際相手と別れた報告をして父を驚かせながら、料理を待つ。

スープカレーとは、私は料理も知らないのでなんだか知らないが、出来上がりまで時間がかかる食べ物である。

30分待ちはザラであるので、「1時間は待てるか」といったお腹と時間と心の余裕がある際に食すべきだ。


「おかーーーーさーーーーーーん!!」

私と父は目を丸くする。

トトロのメイちゃんかと思った。

奥に目をやると、プリキュアに飽きた彼女が机に倒れかかりながら足をバタつかせていた。

なるほど、厨房に慌てたか顔をした女性が見える。

静かになさい、と声をかけに来る母に視線をやる隣の夫婦。

保育園も閉まっている年末年始、やることもない彼女も大変だろう。


スープカレーを完食した私たち。

彼女はというと、年末特番で覚えたのだろうのか、ひたすら「1度観たプリキュアの映像にオーバーリアクションを取る」遊びをしていた。

会計をする父の背中に隠れ、申し訳なさそうなふりをする私。

気がつくと、1度もこちらに顔を見せなかった彼女が、私の顔をじっと見ていた。

固まる私。

「子供は好きですか?」と、訊かれることがある。

私は「もちろん!」と大きく頷く。

…ことはするのだが、実際は苦手だ。

好きなのは本当だ。

ただ、末っ子であり、なおかつ親戚の少ない私は年下の人間と触れ合う機会が非常に少なく、不得手なのだ。

まあ、3歳前後の子を「年下」と表現してしまう私も私だが。


とにかく、目があった私は固まってしまった。

不思議そうな、興味があるのかないのかわからない顔で見つめる彼女。

「へ、」

私は、気の抜けた息を漏らしながらヘラヘラと笑った。

とっさに考えたのだ。

2020年、私は変わらねばと。

こんなところでチャレンジされる3歳児にも申し訳ないが、私は決意を固めたのだ。

そんなチャレンジャーである私に、彼女は笑って手を振った。

私もはっとして、今度はちゃんと笑って、手を振り返した。

またしても、父は目を丸くして、口を開けて私を見ていた。

暖かな家族に送られ、寒空の下に出る。

車に乗り込み、アクセルを踏むと同時に父は言った。

「あんな顔して笑ったら、通報されるよ」

ヘラヘラした笑い顔は、あなた譲りだ。


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