西園寺命記~青龍ノ巻4~その21
* * *
伊勢の癒し処では、黄龍が池の水に浸かっていた。
「黄龍さま!」駆け付けた白虎が尋ねる。「なぜ、今こちらに…」
「今だからだ。真大祭に力を注がねばならぬ時期に、青龍には世話になり過ぎた」
「今こそ若青龍の力が清流旅館に必要なこと、それには同意いたします。…ですがここに来た以上、あなたさまは当分、一条に戻れませぬぞ」声を強める白虎。
白虎の後を飛んできた朱雀と玄武。
朱雀は白虎に加勢する。
「“癒”の神から、これまでのご無理でお叱りを受けるのは確実。体が元に戻らぬうちは、ここから出られますまい」
「かまわぬ。一条も先の目途が立った」
「でもまだ十分とは言えますまい。子を宿した祭を迎えるに当たっては、不安材料が残っておりまする」玄武も淡々と述べる。
「まずは真大祭である」黄龍は静かに述べる。「ミコトとメイが龍の宮の結界を破り、依り代を手に入れ、若青龍が他の依り代やカケラとひとつに纏め上げ、古の青龍さま復活に臨まれる」
「一条を中途半端な状況に置くことを、若青龍が納得するとは思えませぬが…」
白虎が言うと玄武が尋ねた。
「当の若青龍はどこに?」
「龍が祭壇に結界を張ったのを知り、清流に戻った」答える黄龍。
「それを知らせたのは?」朱雀が羽を広げる。
「祭だ。産んだ卵のひとつを祭壇に備えた後に孵化させるつもりで、大斗と一緒に訪れたのだが、結界のせいで供えられなかったようだ」
黄龍の答えに首を伸ばす玄武。
「若青龍は結界を解きに戻ったと?」
「ああ」
「そんなことをすれば、かなりの負担が若青龍に…」絶句する白虎。
「ミコトたちも戻って来そうだ…」天を仰ぐ黄龍。「朱の若姫が、あのことに気付けば、結界はすぐに解けるはずだが」
「今の小娘には、あと一息といったところ…」朱雀はゆっくりと羽を動かした。
* * *
その頃、メイは、自分が清流旅館へランを運ぶと言い出していた。
「ミコトさんと一緒にお届けしてきます。かまいませんよね、史緒おばさま」
「ええ、それはかまいませんわ…でもメイさん、行ったり来たりでお疲れでしょう?」
「大丈夫です。祖母が特効薬をくれますから」
「え?」まじまじとメイを見つめる華音。「メイ、あなた…」
「え?」メイも華音をまじまじと見つめる。「私…何を言ってるのかしら…」
「誰が言わせてるのかな、さっきから」ミコトがぼそっと呟いた。
「ミコトさんは誰だと思うのかしら」
史緒の問いにミコトはぼんやりと答える。
「小娘の味方…」そう言うと、ハッとするミコト。「あ、あれ? 何か俺まで…うつっちゃったのかな…?」
「答えが出たのなら、降参かしら、華音ちゃん」
史緒に言われた華音は、小さくため息をつくと、付けていたブレスレットを外し、メイに渡した。
「これは…?」
「紗由ねえさまからの、もうひとつの預かりものよ」
「“カケラ!”」ミコトのリュックから顔を出したドラゴちゃんが叫んだ。
「ねえ、ドラゴちゃん。あなたはもう、カケラを持っているのよね? だからお話ができるんでしょう?」
「“カケラ、アル!”」
「他の子たちも、さっき倒れていた時に、手に石を握っていたけど、それが、それぞれのカケラってことなの?」
「“ミンナノ、カケラ!”」
「じゃあ、このブレスレット…このカケラは誰のカケラ?」
「“ヒミツ!”」
「ドラゴちゃん…」
「教えてくれたら、イイモノあげるんだけどなあ」
ミコトが言うと、すぐに反応するドラゴちゃん。
「“フルイノ!”」
「古いの…?」
「古いドラゴちゃん、つまり俺が子どもの頃に遊んだ、あのぬいぐるみだな」
「“イイモノ!”」
「はいはい。イイモノあげるから、皆で一緒に清流旅館に行きましょうね」
メイが頭を撫でると、ドラゴちゃんはミコトのリュックにもぐり込んだ。
* * *
メイとミコトは、ランの鉢植えをジェットに乗せ、華音と史緒に挨拶をする。
「じゃあ、責任をもってお届けしますので」
「よろしくお願いしますね」
「ところで…お二人にお願いがあります」
「何かしら、メイ」
「詩音さん、神楽さん、舞さんの3人を清流旅館に呼んでほしいんです」
「あなたたちでは無理だということかしら」
腕組みする華音にメイは言う。
「いいえ。やるべきことはやり遂げてみせます。ただ…」
「メイさんと話し合ったんです」ミコトが言う。「紗由ばあちゃんの望んでいた形にするためには時間が足りないんじゃないかって」
「足りない?」
「古の青龍を、どうにかして復活させて、若青龍さまとの二人体制で今までと勝手が違います。亭主不在でもあるし、何かと練習不足というか…」
「西園寺の力を借りたいんです。望ましいお祭りするために」
「彼女たちに何をしてほしいの?」
「過去を拾ってきてほしいんです」
メイはニッコリ笑った。
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