西園寺命記~青龍ノ巻5~その23
* * *
響が部屋に入ると、翼と大地は、ミコトに触れ続けながらも深く頭を下げた。
それに応えるように、ゆっくりとミコトに触れる響。
「龍おじさま…これは…?」
メイが尋ねるが、龍は響を見つめ続ける。
そして響は“謡”を始めた。
その不思議な音色に、メイも自然と目を閉じ、ただ耳を傾ける。
“何だろう、この響きは…”
“これは“命謡”と呼ばれる謡。“木霊”の秘儀だよ”
頭の中で答えて来る龍。
“心臓の動きを声の波動で調整するんだ”
“ミコトさんの心臓を応援してくれているんですね…”
メイは体内に不思議な揺らぎを感じながら、響の謡に合わせて頭の中でそのメロディを口ずさむ。
しばらくすると、“ドクン”という音が耳の奥に響いた。
“ミコトさん…?”
「私にできるのは、ここまでだ」
「鼓動も呼吸も安定しているようですね…」翼が改めてミコトの脈を取り、呼吸に注意を払う。
「目を覚ますかどうかはわからぬ」
「わからぬ…?」首を傾げるメイ。
「目を覚まさないこともあり得るということだ」
響はそう言うと立ち上がり、部屋から出て行った。
その背中に向かって皆が頭を頭を下げる。
「目を覚まさないって…どういう…!」
「奇跡を信じよう」そういう龍の声は暗い。
いつからいたのか、ドラゴちゃんがコピーの神箒を持って、ミコトの体をポンポンと叩く。
「“オキテ! オキテ!”」
何度もミコトを叩くドラゴちゃんの様子に、メイは思わず声を上げて泣き出した。
「起きて! ミコトさん、起きて!」
ミコトの体を揺さぶりながら、泣きじゃくるメイ。
そして、メイの頬を伝う涙が零れ落ち、ミコトの唇を濡らした時に、奇跡は起こった。
「う…ん…」ミコトが唸り声を上げる。
「ミコトさん!」
「意識が戻りつつある、大丈夫だ」安心したように言う翼。
そして窓が開き、若青龍が部屋に入って来て、卵の入った揺りかごをミコトの枕元に置く。
すると卵は、ピキピキと音を立てながら割れ、30センチくらいの青龍の赤ん坊が顔を出した。
「ピギャー」
「生まれた!」
赤ん坊は、よちよちと歩いてミコトの胸に仰向けに乗り、すやすやと眠る。
「寝ちゃった…」
メイが、というより一同があっけに取られていると、青龍は次々と揺りかごに入った卵を運び入れて来る。
そして、朱雀、白虎、玄武の赤ん坊も生まれ、次々にミコトの体に乗っていく。
「う…」ミコトが再び唸り声を上げた。
「ミコトさん!」
「おも…い…」
ミコトが言葉を発すると、横にいた翼がひと柱ずつ、赤ん坊たちをどけていく。
「これは確かに重い」
「新手の人工呼吸か何かか?」
笑いながら、翼がどけたその先に揺りかごを置き、赤ん坊を入れて行く龍。
そして、パチッと目を開けるミコト。
「…ん? ここ…?」
「“オキタ!”」ドラゴちゃんば、ぺしぺしとミコトを叩く。
「いたた…ドラゴちゃん、痛いよ」
「よかった…」
メイは、その言葉とは裏腹に、泣きながら、ドラゴちゃんと一緒になってミコトをぺしぺし叩き続けた。
* * *
清流旅館当主と跡継ぎが舞う踊りを前に、舞台袖ではミコトの準備が慌ただしく行われていた。
主治医の翼から許可が出るまでにそれなりの時間もかかったため、時間がおしていたからだ。
「んもう! 心配かけないでよね、ミコトさん!」
「ごめんごめん。へへ」
「本当に、この後の舞、大丈夫なんでしょうね。無理して倒れるくらいなら、やらないでね」
頬を膨らませながらも、ミコトの舞装束の身支度をテキパキと手伝っていくメイ。
「大丈夫だよ。気を失う前よりスッキリした感じがしてる」
「赤ちゃんたちが気を注いでくれたのかもね。…じゃあ、頑張って!」
ステージ横からミコトを送り出すメイ。
少し前から、舞の太鼓、神楽の大鼓、祭の琴と、詩音の笙の音が響いている。
反対側からは駆が先に登場していた。
神楽舞とも違う独特のリズムだ。
駆もミコトも青龍を表す帽子をかぶっていて、くねくねと体を動かすのは、龍神の動きを表しているようだった。
獣神たちは、物珍しそうに二人の舞を見物している。
さっき生まれたばかりの赤ん坊たちも、ステージ前をひらひらと舞いながら、まるでそれが演出の一部であるかのように動く。
ドラゴちゃんも舞台用の衣装なのか、青龍のぬいぐるみなのに、本物の青龍っぽい被り物を漬け、駆とミコトの間で、神箒を持ってちょこちょこと駆け回っている。
“ドラゴちゃん、頑張って!”
気が付くと、ミコトよりもドラゴちゃんが気になって仕方がないメイ。
「まるで、ママね」後ろから華音が声を掛ける。
「おばあちゃま!」
「いいんじゃない。あなたもいずれ、ママになるわ」
そう言って華音が見上げた空には、見慣れない一群が押し寄せて来た。
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