西園寺命記~拾ノ巻~ その15
* * *
「伊勢の奥の一番偉い人、最近変わったらしいよ」
翼が言うと龍が応じる。
「“奥の君”って呼ばれてる人だよね。まだ会ったことないけど」
「前任者は、華織おばさまが退任した責任を取らされてチェンジらしい。わけわかんないよね。いつもは西園寺を敵対視してるくせに」
「政治的なはからいってやつだろうね」肩をすくめる龍。
「で、その新しい人って、どういう人なん」
「正体不明。天照大御神からのお墨付きを持って現れたルーキーらしい」
「そういうお墨付きって、どないしていただくん?」
「さあ…その辺は全然わからないけど、未来から来たっていう噂があるらしいよ」
「歳、いくつくらいなん?」
「声からすると20代後半じゃないかって言われているみたい。別名、龍の化身とも呼ばれているって」
「ほなら、龍でええやん。15年くらいしたら、今に来いや」
笑う翔太をじっと見つめる龍。
「…それもありかもなあ」
「そないなこと、できるんか?」
「おばあさまの力があれば、できるかも」
「でも力は、進子ちゃんに渡したんやろ?」
「うん、そうだよ」
“でも、もう一つだけ、おばあさまの力を受け取る方法があるんだよ、翔太…”
龍は複雑な表情で微笑んだ。
* * *
あっという間に日は経ち、紗由の言うところの“おまつり”当日となった。
各地の“巫女寄せ宿”にいる獣神たちに向け、その様子がライブ配信されている。
まずは故・西川重治の功績が紹介される。
獣神たちに前もって取っておいたアンケートを元に作られた、それぞれに重治への思いを語ってもらっている文面と獣神の紹介、重治の関連映像が流れる。
やはり、自分のことを配信されると気になるのか、どんどんと清流旅館裏手の山に集まってくる獣神たち。
そして、動きのなかった獣神たちも、ある出し物をきっかけに、集まって来た。
西園寺の先の宮・西園寺華織と、その夫にして類まれなる龍の子と呼ばれた“巫女寄せ宿”の亭主、西園寺躍太郎が、二人でダンスを始めたのだ。
しかも華織が、獣神たちへ舞を奉納すると申し述べたので、獣神たちも、それを直に見たいと思ったのだろう。
清流旅館の上空が、一気に輝きを増したのを見て、池の傍、正確には青龍の傍らにいた翔太は、あっけにとられながら言った。
「ぴかぴかだらけや…」
「華織の人気は昔からだ。ただ、以前は他地域への移動が禁じられていた。華織のおかげで我々は自由が得られた。その本人を見たいという気持ち、そして、その美しさの噂は各地に届いていた。このチャンスを逃す者はおるまい」
「“気の寄付”も、ぎょうさん集まってくれるとええですなあ」
「我への“気の寄付”がどうなるかはともかく、一堂に会するのはめでたいことだ」
池から立ち昇るようにして、空を仰ぐ青龍。
「おお…我が弟もおるぞ…」
青龍のウロコが光を放ち、合図を送る。
「弟さん、おられたんですか」
「ああ、可愛いやつでな…。
そしてその昔、邪の気に巻かれそうになった折、一条の黄龍さまに助けていただいた…あの方には、度々お助けいただいているのだ」
「だから青龍さまは、体を張って黄龍さまの危機に立ち向かわれたんですね」
「気づいたら、そうしていた。それだけだ」
青龍は池から飛び立ち、弟と思われる龍神のところへ飛んで行った。
* * *
その後も、おまつりは順調に進んでいった。
だが、龍、翔太、聖人、真琴の4人が青龍に扮するコスプレは、“総合プロデューサー”紗由の思い付きで変更された。
「まーくんと、まこちゃんだけにしましょう。二人に4つの神さまぜんぶのお洋服を着てもらいます」
「はーい!」声をそろえる双子たち。
「…代わりに何をやるわけ?」警戒心あらわな龍。
「かんがえてみたら、楽器がありませんでした」
「龍はバイオリンできるやろけど、俺、楽器できひん」
「にいさまのバイオリン、まりりんのフルート、紗由のピアノで行きます。翔太くんは…」
「翔太くんは?」ドキドキ顔の翔太。
「何もしなくていいです」
「え?」
「神さまたちのところをまわって、ごあいさつしてください。ホストですから」
「お、おう」
「翔太くんが踊るのは、本番がいいと思います」
「まあ、それもそうだな」龍が頷く。「大祭に集中したほうがいい」
「だしおしみってやつです」ふふんと笑う紗由。
「その本番のために、“気の寄付”よろしくねってわけだな」感心する龍。
「なんや、仕事してへんみたいやわ」
「皆さんへのご挨拶と、あとは青龍さまの様子を気遣って…それで充分じゃないかな。すべては大祭のためなんだから」
龍が言うと、紗由は両腕で大きくマルを作った。
* * *
そして一方、「おみやげコーナー」と書かれたブースの前で、依り代用のぬいぐるみと一緒にいた真里菜と恭介は、予想外の出来事に、途方に暮れていた。
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