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米国で息子になってほしくない職業第2位に選ばれたアメフトの「キッカー」ってどんなポジション?

プロのアメリカンフットボール選手として活動している佐藤と申します。
日本では社会人リーグxleagueの富士通フロンティアーズに所属しており、2021年からは世界で2番目にレベルの高いカナダのCFLに歴史上初の日本人選手としてドラフトされToronto Argonautsに所属しています。
今回は僕のポジションである「キッカー」について紹介させて頂きます。

ヒーローか戦犯か


サッカーで言うとキーパー、バレーボールで言うとリベロ、アメフトを知らない人にはこう説明するようにしています。
要するに、その競技の中で一人だけみんなとは違った役割を持った「専門家」であり、実際にアメフトのキッカーは「スペシャリスト」と呼ばれています。
アメフトと聞くと激しい体のぶつかり合いを想像すると思いますが、キッカーはボディコンタクトがほとんど皆無なポジションなのです。

キッカーはオフェンスが攻撃の中でエンドゾーン(得点エリア)まで進めない際に登場してボールをゴールポストに蹴り込み得点を狙います。このキックを「FG(フィールドゴール)」と呼び、これがキッカーの最も重要な役割になってきます。

1試合の中でキッカーの出番は多くて10プレー程度、少ない時は1プレーしか出番がない場合も。。。
3時間を超える試合時間の中で来たる一瞬の出番のために常にトップコンディションをキープする必要があります。
出番が少ない分、1回のキックの重みは非常に重く、試合の最後のプレーでキックを決めれば勝ち、外せば負け、という場面も多くあります。決めれば歓声を一身に浴びますが外せば会場中、さらにはネット上でも罵声を浴びせられます。
ヒーローにも、戦犯にもなり得るポジションで、実際私も両方を経験してきました。

大学4年生時私はヒーローにも戦犯にもなりました。
関東優勝をかけた法政大学戦、3年間負け続けた相手、そして当時のライバルキッカーを擁していたチームということで絶対に負けられない試合だったのですが、試合終了前最後のオフェンスで勝利を確定させるFGを決めました。その後チームメイトと共に喜んだあの光景を今でも忘れません。

試合後関東優勝を祝福する様子

しかしその後の全国決勝戦では戦犯になりました。
私の所属した早稲田大学史上初の優勝をかけた立命館大学との大一番、最後のプレーで逆転を狙うFGが回ってきました。決めれば全国優勝、決める自信も十分にありました。しかしキックは失敗、1点の差に敗れ優勝を逃しました。
後にも先にも人生でこの出来事ほど辛いことはありません。信じてフィールドに送り出してくれたチームメイトやコーチの事を思うと胸が張り裂けそうでした。
その後数日間は寮に引きこもって生活し、アメフトも引退しようかと思いましたが、チームメイトや家族、友人のおかげで徐々に立ち直ることができ、今ではこの挫折が私のフットボールキャリアの原動力になっています。この経験をしなければ私は今頃カナダにはおらず、プロ選手にもなっていないと思います。

このような重圧に負けずにキックを決めることがキッカー最大の難しさであり、同時に魅力でもあります。
現在私の置かれているプロリーグのキッカーという立場は非常にシビアで、1本のキックミスでチームをクビになるというのが茶飯事です。キックは決めて当然の「減点方式」。
これ故に、以前キッカーはアメリカの親が考える子供になってほしくない職業ランキングで大統領に次ぐワースト2位に選ばれました。
親からしたらハラハラして見ていられないのかもしれませんね、お母さんごめんなさい(笑)

それでも私は大学時代の挫折を乗り越えるためにも、更なる高みに「キッカー」として挑戦し続けたいのです。

自分自身と向き合い続ける


こんなポジションですから、一瞬のキックのために長い時間を投資します。日々のトレーニングやコンディショニング、柔軟体操や睡眠にまで気を配ります。これらはキッカーに限らず他のアスリートにも共通するとは思うのですが、特に我々キッカーは重要なキックの場面でいかに「自信」を持って臨めるかが重要であり、日々どれだけ細部を突き詰めてきたか、これが揺るがぬ自信の源になるのです。

そんな細部を突き詰めていく中で避けて通れないのが「自分自身と向き合う」ということです。

身体的には
・毎日のコンデションを高く保つ
・パフォーマンスの最大化のために的確なトレーニングを探して行う
・単一動作の繰り返しから来やすい不具合を起こさないためのリカバリー
これらを徹底的に行います。
毎日同じ身体的アプローチではダメでその日のコンディションを判断して適切なアプローチを見つけ出します。

精神的には
・気持ちの波を起こさない
・緊張下での気持ちのコントロール
これらのために自分自身を理解する必要があります。
また、キッカーはチームに1〜2人しかおらず技術コーチもいないことが多く孤独なポジションと言われることもあります。ミスした際にはチーム中から罵声を浴びることもあり(特に学生フットボール)、そういった場面でも気持ちの強さが求められます。

このように自分と向き合い続ける中で人間として成長することのできるポジションだと考えています。私はまだまだ成長過程ですがやはりプロの一流キッカーたちは話してみるとナイスガイが非常に多いです。自分も出会った人にそう言ってもらえる人間になりたいですね。

キッカーは決してアメフトの主役とは呼べませんが、チーム、会場の期待を足一本に背負い、その一振りで勝敗を決める刹那の職人なのです。
ぜひアメフトを観る際にはキッカーにも注目してもらえるととても嬉しいです。

佐藤


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