『世にも面白い男の一生 桂春団治』(1956年・木村恵吾)

 『夫婦善哉』に続いて、森繁久彌さんと淡島千景さんによる「浪花映画」は、吉本興業の草創期に破天荒な生涯を過ごした、関西落語の雄・桂春団治の映画化。製作は東宝傍系の宝塚映画。原作は長谷川公延、脚色は新喜劇の渋谷天外と、大映の木村恵吾監督。東宝のステージに組まれた法善寺横丁のセットに、様々な芸達者が繰り広げる人間模様。大正時代の活気ある大阪がイキイキと再現されている。

 原作は、大阪を題材にした小説で知られる長谷川公延が、昭和26(1951)年に「オール読み物」に発表した小説「桂春団治」。第26回直木賞にノミネートされた。法善寺横丁の花月で二つ目として高座に上がっている桂春団治(森繁)は調子の良い男。浪花屋蝶治(西川ヒノデ)に頼まれて京都の寄席に行かねばならないのに、双竜軒梅月(杉山昌三九)の女に手を出した立花屋花橘(田中春男)に、代演のギャラをそのまんま渡して、結局舞台に穴を開けてしまう。お人好しだがだらしない。

 料理屋の仲居・おたま(淡島千景)は、その情にほだされて二人は、割りない仲に。ここからおたまの苦労は始まる。この年、『夫婦善哉』『猫と庄造と二人のをんな』で、ダメ男を演じてきて、俳優としてのステップアップを図った森繁さん、さすが大阪育ちだけあって、春団治のしょうもなさと、どんなに酷いことをしても憎めないキャラクターを見事に演じている。淡島千景さんと森繁さんの息もぴったり。昭和40年代にかけて「駅前シリーズ」や数多くの文芸映画で、名コンビとなっていく。

 今回も浪花千栄子さんが、おたまの姉・おあき役で登場。所帯を持ったものの、浪費癖の春団治の女房だけに、その生活は苦しい。二度とこないと言いながら、帰り際に「ポチあげるわ」と財布からお金を抜いて、財布をポンと妹に渡す。彼女は文楽でお茶子をしているので、芸人の女房の苦労はわかっている。甲斐甲斐しく、春団治の面倒を見ているが、当の春団治は、一文も家にお金を入れないし、女に手が早く、苦労の種ばかり。

 おりゅう(高峰三枝子)は春団治を贔屓にしている小間物問屋岩井辰の御陵さん。「酒の上やおまへんで」と、春団治が口説いて二人は深い仲となり、そのまま一ヶ月も帰らない。この頃の高峰三枝子さんの匂い立つような色香がスクリーンから香り立つ。また『夫婦善哉』で淡島さんの父を演じていた田村楽太さんが、春団治のお抱え俥夫・力蔵を好演。眺めているだけで、戦前の大阪の空気を感じさせてくれる。この力蔵は、春団治の理解者にして、それぞれの女性に対しても優しく接する。

 さらに、第三の女があらわれる。京都の定宿・辻本の娘・とき(八千草薫)が大阪の家を訪ねてくる。「あんたまた、ややこしいことしはったの」と情けない顔のおたま。こういう時の淡島さん、抜群である。春団治しれっとして「この家で、三人で一緒に」などと、いいかげんである。聞けば、時は春団治の子を身篭っているという。仕方なしに、ときのために、お玉は身を引くことにする。法善寺横丁での別れのシーンの、おたまの悲しみ。それが全然わかっていない春団治。

 森繁「ダメ男」史上、最低なのだが、なんとも憎めない。「ワイは噺家じゃい。おかしなことするのが商売じゃ」「子供の年を数えているより、お客の機嫌をとるのがワシの仕事じゃ」と次々と名言が飛び出す。

 落語映画としても、昭和三十一年の上方落語、笑芸人たちがずらり。浮世亭歌楽、西川ヒノデ、桂春坊、松鶴家光晴、浮世亭夢若、横山エンタツなど、キャスティングだけでも貴重な芸人たちの動く姿が味わえる。落語家の物語であるが、落語映画ではない。高座で噺をする場面はほとんどない。

 中盤、お金に困ったおりょうが質屋に行くと、そこでおたまと初めて会う。一人の男をめぐる二人の女が出会うシーン。切なくもあり、おかしくもあり。結局、おたまが春団治の借金を肩代わり。で、その礼に、おたまを春団治が訪ねるシーン。二人の気持ちのやりとり。

 名声を得たものの、どこか虚しい春団治は、かつての女性のもとを訪ねては「今夜いっぺんだけ泊まらせて」。キッパリと断るおたま。「いえ、春団治いう人は、芸人の苦しさはわかっても、人間の苦しさはわかってへん」と本音をいうおたま。淡々とした木村恵吾監督の演出だが、このシーンは女優・淡島千景の演技力で、最高の名場面となっている。

 京都のときを訪ね「今夜、いっぺんだけ泊まらせて」。しかしときにも拒まれる。とぼぼと帰る春団治。京都の町家の長い土間を歩く森繁の背中。そして、玄関で6歳となった娘・春子に「お父ちゃんは死なはった」と言われ、人生の儚さを身にしみる。

 そして胃癌を患って臨終となるシークエンス。藤山寛美によるリメイク版『色事師 桂春団治』(1965年・東映・マキノ雅弘)、そして松竹新喜劇で藤山寛美が再び演じた名場面だが、これぞ長谷川公延の原作、脚色・渋谷天外(館直志)の味わい。ここから映画は舞台劇のような展開となる。

 胃癌で亡くなった俥夫・力蔵が、春団治をあの世から迎えにくる。いよいよ臨終が迫り「ほな、ぼつぼつ行こうか」と幽体離脱して、人力車に乗ったとたん、医師(横山エンタツ)がカンフル注射を打ったため、引き戻される。このおかしさ。切ないのにおかしい。力蔵「ほな、あきらめてボチボチいきまひょか」。そこで、またエンタツさんがカンフル注射を打って、引き戻される。この繰り返し。とにかく力蔵の田村楽太さんがいい。

 昭和31年、『夫婦善哉』『猫と庄造と二人のをんな』そして、この『世にも面白い男の一生 桂春団治』で、俳優・森繁久彌が確固たる地位を築いた。まさしく森繁ビッグバンである。


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